母と『国宝』の配信を観て気付いたこと。

 

 こんにちは!

 陽射しの暑い日がやってきましたが、お元気でお過ごしでしょうか。


 週に一度のアマプラ鑑賞会。

 今日は配信したばかりの『国宝』を観ました。

 前回、映画館で観た感想は、こんな風に書いたのですが・・・

 

 よくできた名作、でも魂は震えなかった


 要約すると、「エモすぎて、歌舞伎には見えなかった」という内容です。

 しかし今回、90歳近い母と二人で国宝を再見した結果、新しい発見がありました。


 



 母は国宝を観るのは初めてです。

 そんな母は、日本舞踊を子供の頃からずっと習っていて、

 日本舞踊の師範の免状も持っているという大の歌舞伎好き。

 

 見終わった直後、母が口にしたのはこんな言葉でした。

 「映像が良くないね・・・」

 「道筋が通ってないね・・」

 「面白いと言えなくもないけれど、つまらないと言えばつまらない」

 「これ、国内実写映画の興行収入歴代1位の人気作なんだよ」と伝えてみましたが、

 それでも不服そうな様子。

 「監督が李さんという韓国の方なんだよ」と教えてあげたところ、

 ようやく納得した表情になり、「日本的ではないのね」と言っていました。


 母の抱いた感想は、私の初回に観たときの違和感とほぼ同じでしたので、

 共感する部分もありましたが、二度目の視聴となった私は、

 意外なことに、「結構いいな」と感じてしまったのです。


 何が良かったのか。

 今更言うのも当たり前の話で恐縮ですが、

 あの物語は、血筋も、家柄も、財産さえもない一人の主人公が、

 ただ「芸の力」だけで天下を取る物語だと言うことです。

 物語の中盤で、師匠の花井半二郎(渡辺謙さん)が主人公の喜久男にこう言います。

 「この世界で親がいないのは首がないようなものだ。

 だけどな、お前は芸だけで仇を取るんだ。約束してくれ」


 調べたところ、この「芸だけで仇を取るんだ」という言葉は、

 人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定された歌舞伎俳優、

 十三代目 片岡仁左衛門(1903年 - 1994年)の名言だそうです。


 その言葉通り、何の後ろ盾もない喜久男は、

 芸の力だけで、「国宝」まで上りつめます。

 しかも、それがありがちなルサンチマン(怨念)に始終するのではなく、

 彼の芸を見た者を、「見たことのない場所」へと導いていく。

 まるで天上と俗世を繋ぐ使者としての役目を担い、

 最後には天からの後ろ盾を見事に得たところで物語が終わるーー。

 その神々しい引き際が、二回目の今回は本当に素晴らしいと感じられました。


 私自身、特別な血筋や財産があるわけでも、

 喜久男のような圧倒的な器量があるわけでもありません。

 けれど、彼が芸を磨き抜いたように、

 私も「技術ひとつ」で、この現世の荒波の世界を渡っていけるのではないか。

 そんな静かな勇気をもらった気がします。

 真摯に磨き続けていれば、いつか天も運も味方してくれるかもしれない、と。


 『国宝』。

 少し理解し難い部分も多々ありましたが、

 やはり万人に愛されるだけあって、一本のストーリーとして

 非常に見応えのある素晴らしい作品ですね。

 心地よい刺激をもらったので、明日からもまた、

 目の前の仕事を頑張ろうと思います。

 


 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 今日も心穏やかな素晴らしい一日となりますように。

 願いを込めて。







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