久しぶりの登山、大山で紅葉狩りをして来ました。
こんにちはー
今日はショックなことを聞きました。
来年は大変な年になりそう・・戦々恐々な著者です。お元気でお過ごしでしょうか。
紅葉を見に大山に行って来ました。
上にも書きましたが、紅葉は去年に比べるとイマイチ。でもリハビリトレーニングの登山のつもりだったので、必死に歩きました。
そうしたら、恋人同士の登山者とか、親子連れとか、グループさんを抜いてしまうんですよね。こっちはソロで身軽かつ気楽だからひょいひょい行けてしまう。
恐らくだけれど、抜かれている人たちの中には、こんなチビの女に抜かれるのはちょっとなぁ、と面白くなく思う方もいると思う。だが、彼らには守るものがあり、背負うものがあるので、致し方ないと思っていると思う。
ソロというのは、早く行けるんだな、ごめんね。
と思ったら、水や食料という大きな重い荷を背負ったボランティアの登山者のかたがうめいていた。「ウぉっ!」と気合を入れて、坂をゆっくりゆっくり足取り重く登っていく。
それに比べると、自分はお気楽なものだなぁ、と思い、ふと、自分の人生に照らし合わせて、私がソロを余儀なくされているのも、こういう理由があるからのかもしれない、なんてふと思いました。
つまり、輪廻を繰り返す上で、魂の成長的な側面から、もはや待ったなしの状態で、あんたは守るものも背負うものも無しでいいから、ちゃっちゃか行きなさい、と大いなるものに言われているような・・
そんなふうに思いながら、チャカチャカ歩いていたら、渋滞が始まるんですね。
グループではない、連れもいない、ソロだけれど、皆様と歩調を合わせて、のんびりのんびり歩いていくというペースになっていく。自由には行けない。
うん。こうなると訳がわからなくなってくる。
これは、輪廻の上での魂の成長という側面から見たら、どんな意味があるんだろう?
ソロだけれど、やっぱり全体(地域社会や、もっと大きいところでは地球規模)の荷はちゃんと背負ってね、ということなんでしょうかね。
なんでも自由に自分だけ成長していればいいというわけには行きませんよ、とね。
そんなふうに、一つの登山からいろんな人生の意味を考えて、やっぱり登山って面白いなぁ、人生を見つめ直すのに役に立つな、なんて思いながら・・
去年に比べると、あまり赤く感じられなかったけれど、まぁ、下界よりは綺麗です。街の紅葉はほとんどもう見られなくなりましたものね。銀杏の黄葉くらいで、赤く染まる紅葉はずいぶんと少なくなったと思います。その点、山(標高が高いところ)はまだ自然の紅葉が見られるというのか、秋らしい感じはすると思っていたけれど。
なんか今年はイマイチで残念でしたね。山もついに異常気象の影響が現れたのか、と。
帰りは、下社に降りるのが億劫になってしまって。人が多かったので、また抜いたり抜かれたりが面倒くさいな、と。そうしたら、ヤビツ峠行きの矢印(道標)がやけにキラキラと目の中に飛び込んでくる。
これは神様にこちらに行けと言われているな、と思って、行きましたよ。ヤビツ峠まで2.1キロメートル。ただ単に、誘惑に負けて、簡単な道のりを選んだだけとも言いますが、笑
ヤビツまで降りてみたら、バスがない。
11時に着いたのに、14時半までバスがなかった。完全に失敗しました。それで、蓑毛まで歩くことに。休憩所のおじさまに聞いたんですね。
「タクシーって呼べますか?」
「呼べるけど、怪我でもしたの?」
「いや、バスがあるかと思って降りてきたら、14時半までないので・・」
「次のバス停まで歩けば?」
歩けるんですか?! ということでよくよく聞いたら、蓑毛行きだった。蓑毛、若い頃に行きました。崩落した道ですよね?と聞いたら。
「今は直ったんだ。幼稚園の子も歩ける道になってるよ」
とのこと。幼稚園の子が歩けて私が歩けないわけはない、ということですよね・・
ということで、蓑毛行きが決定。
売店のおじさまは私が蓑毛方向に行くのを見送ってくれて、間違えないように声をかけてくださいました。良い方に出会ってよかったです。
写真下、蓑毛までの道のりの紅葉。
久しぶりの登山でしたが今日も色々と楽しかった!
やっぱり山はいい。人生の意味を考えさせられて面白い。
で、問題の、タイムは標準タイムの150〜170%、必死に歩いただけあって、早かったですね・・。
では、今日も最後まで読んでいただきどうもありがとうございます。
素敵な時間を過ごせますよう。
願いを込めて。