水たまりの中で、それでも息をしていた。

 

 こんにちは。

 関東甲信で梅雨明けしたそうです。

 やっとというか、まだだったのかというか。これで本格的な夏が始まりますね。

 お元気でお過ごしでしょうか。

 

 今回は、ある日突然、お風呂に入れなくなった人の話を読みました。

 「水たまりで息をする」、高瀬隼子さんの物語です。

 お風呂に入れない、それが思っていたよりも「人間失格」のように扱われることに驚きました。匂いを想像して、つい眉を顰めてしまう自分にも、はっとさせられました。






 水たまりで息をする(高瀬隼子)


 【あらすじ】

 ある日、夫が風呂に入らなくなったことに気づいた衣津実。夫は水が臭くて体につくと痒くなると言い、入浴を拒み続ける。彼女はペットボトルの水で体をすすぐように命じるが、そのうち夫は雨が降ると外に出て濡れて帰ってくるように。そんなとき、夫の体臭が職場で話題になっていると義母から聞かされ、「夫婦の問題」だと責められる。夫は退職し、これを機に二人は、夫がこのところ川を求めて足繁く通っていた彼女の郷里に移住する。川で水浴びをするのが夫の日課となった。豪雨の日、河川増水の警報を聞いた衣津実は、夫の姿を探すが――。

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 ・不思議な小説でした・・・

 「水たまりで息をする」。

 タイトルからして、「生きられないところで生きている」、あるいは「溺れながらも生きようとする」という意味かと思いました。

 都会でお風呂に入れなくなった夫の話です。

 かつて田舎に住んでいた頃、主人公は台風のあとに水たまりで魚を見つけます。このままでは生きていけない。そう思って魚を飼い始めます。

 しかし、次第に世話をしなくなり、水槽はどんどん汚れていきます。

 不浄の魚、台風ちゃん。

 その魚へのネグレクトと、風呂に入れなくなった夫の体がどんどん汚れていく過程とが重なって見えました。

 次第に、人間としての尊厳が奪われ、人間らしさを失っていく夫。

 主人公はかつて台風ちゃんを捨てて東京に出てきましたが、今度は夫のために田舎に移住を決意します。この都会から田舎へのループが、なんとも言えず良かったです。

 自然は人間を救ってくれる。

 人間社会で失われたものを、自然のなかで取り戻せる。

 そう思うと、心が躍りました。


 ・ところが、自然はそう甘くなかった?・・・

 お風呂の代わりに田舎の川に入るようになった夫。

 臭さもようやく消えて、穏やかに過ごすようになります。

 ところが、そこに豪雨が訪れ、ダムが放流されるのです。

 川は増水して、夫は・・・と物語は続きます。

 夫の安否は最後まで描かれませんでしたが、おそらく生きてはいないのだろうと思います。

 初めは、「自然に殺されたのか」と思い、なんという残酷な結末だろうと思いました。

 でも、ふと気づいたのです。あれは自然の力ではなく、ダムの放流が原因だったのだと。

 自然を滅ぼして建設されるダム。自然と相反する人間社会の象徴のように思えました。

 そしてその社会は、弱い人間を見つけては襲いかかってくる、怪物のようでもあります。

 人間社会の中では、強いものが生き残り、弱いものは淘汰されていく・・


 そして、生き延びた主人公。

 ラストシーンを読んで、「夫を失った彼女の描写が残酷だ」という意見を見かけました。

 けれど私には、持ち堪えてしまう(生き延びてしまった)強い主人公が、救いようのない深い悲しみを抱えているように映りました。


 それにしてもラスト、

 心を抉られるような読後感があり、苦しい余韻が続きました。

 東京も、田舎も、変わらず人間社会は厳しかった。

 どこにも逃げる場所はなかったのです。


 息をすることさえ、苦しくなっている人が、きっとどこかにいる。

 そんな小さな気配に気づける人間でありたいと。

 この作品を読み終えて、そう思いました。


 さて、関東甲信では梅雨明けしましたが、九州では大雨に警戒が必要とのことです。

 皆さま、川の増水や氾濫には十分お気をつけて、お過ごしください。



 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 今日も、心あたたまるひと時を過ごされますように。





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