才能があっても救われない不幸、「これが私の人生設計」。

 

 こんばんはー

 寒いですねぇ。地域猫ちゃんに毎晩餌をあげているんですけど、こう寒いとちょっとかわいそうですね。早く春になってくれるといいなぁ。


 さて、今日はお家movie見ましたよ。イタリアのコメディ映画。

 「これが私の人生設計」。

 リッカルド・ミラーニ監督。パオラ・コルッテレージ、ラウル・ボヴァ、マルコ・ボッチ出演。




 【あらすじ】

 幼い頃から建築の才能に恵まれ、天才の名を欲しいままにしてきたセレーナ。ロンドンで大きな建設工事の設計を一任されていたが、ふと、故郷が恋しくなり、イタリアに戻ることにしたことから悲劇(喜劇?)が始まる。イタリアの建設業界は完全なる男社会。セレーナの仕事は用意されておらず、本業以外のバイトをする日々。そんな中、ある古い集合住宅の建築に惹かれたセレーナは、その住宅が再開発のプランを募集していることを知り、男と偽って応募するのだったが・・。




 最近イタリアの映画をよく見るのですが、知れば知るほど、イタリアはユニークな国ですねぇ。精神病者への対応とか、変なところに進歩的だったり、しかしこの映画のようにビジネスでは完全に男尊女卑と古い風習だったり。

 古くなった集合住宅に、再開発の主人公のプランも素晴らしかったですね。
 住人の居場所を作ろうという、商業的ではない、人間重視の建築を作ることを貫こうとする女性の奮闘。しかし、男社会の抵抗は大きくて・・・と続くわけです。

 
 面白かったのはセレーナが働くことになった設計会社?なのかな、大きな会社のワンマン社長さん、秘書がいないと何もできない。実際に会社を切り盛りする「頭脳」となっているのは、彼を支えている女性の秘書で、まるでワンマン社長の方は口パクの人形さんのようなんです。

 女は男を影で支える存在。コメディとはいえ、影で支えるのもここまでくると、もうあまりの形骸化された男社会に笑えるというか切なくなるというか。

 そんなステロタイプの男社会を極端にデフォルメしたドラマの中で、主人公のセレーナは、男顔負けの本物の実力をもって生まれた女性として描かれています。

 


 才能がありすぎるのも困り者なんだなぁ、とふと思ってしまいましたよ。
 才能は形骸化された男社会で何の役にも立ちません。

 そこでセレーナは、ゲイのパートナーを得て、彼と二人三脚で苦境を乗り越えようとします。セレーナの仕事と、ゲイのパートナーの家族(子供への対応)のWピンチを。

 いや、その乗り越え方違うやろう、と何となくちぐはぐというのか、トンチンカンというのか、もう無理を承知で、無駄な方法で、社会に抵抗しているみたいで、これも笑って見てしまう。コメディって便利ね。これがシリアスだったら、マジ切なくなりますよホント。(コメディでもちょっと切なかったですけどね)




 結局、最後には、自分が(女である自分が)本物の設計者であることをカミングアウトします。それもケツを割る格好で、最悪の状況で。

 ああ、だから言ったこっちゃない・・・




 この映画を、社会で働く人のよくあるテーマ、という評価は(レビューであったのですが)どうなんだろうなぁ、と思いました。
 「男社会を影で支える女」とか、「仕事のためにみんな嘘をついている」とか。
 誰もが共感できるようなテーマやセリフはあるんですけれど、それにしては才能ありすぎる主人公がもう強烈すぎて。

 ああ、才能もって生まれてこなくてよかった。

 ラストは皆が(セレーナをオマージュ&応援して)それぞれワンマン社長に対してカミングアウトをすることで、めでたしめでたし、という気持ちのいい結末なんですけどね。


 何となくスカッとしなかった私。落とし所でうまくまとめてきたな、という感じがしてしまった。もっと深い問題が横たわっているだろうというような。
 最後にセレーナが、ゲイのイケメンパートナーを諦めて、モヤシ男と呼んでいたダサい??(ごめんなさい)ランク下の男性と結ばれるようなくだりも、現実を突きつけられたような気がしてしまいました。

 (エンディングの説明によると、結局、セレーナは設計を任されたようなんですけどね。あくまで予定、と意味深なんですよね)


 まぁ、でも笑えることは笑える。2時間あっという間の映画でした。
 イタリアのコメディは皮肉的で本当に面白いと思います。

 お時間ある方は是非見てみてくださいませ。

 (アマゾンプライムで無料です)


 ではでは、素敵な時間を過ごされますよう。

 願いを込めて。



 

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