女二人旅・ホタル編 ~ゲンジボタルとスーパームーン~



 毎年ホタルというものを見てみたい、撮ってみたいと思っている。
 ところが、ホタルの生息地というのは自然の多いところであり、有名どころは他県の田舎町という気軽に行きづらい場所にある。気軽に行ける(ホタルが出ると噂の)近場の公園に行ってみれば、待てど暮らせど一向に現れない。カメラを抱えてすごすごもどるはめになるのである。
 そもそもホタルというのは1週間しか見られないのだ。浅瀬の川の草地で生まれて、夏に卵が幼虫になり、そのあと水中で1年近くを過ごして、そして翌年の春の雨の夜に、やっと陸に上がったかと思えば、今度は地中に潜ってサナギとなる。夏に成虫になって、水辺の草むらに潜み、夕方から夜にかけて、ついに地上に姿を現して、懸命に発光しながら仲間を探すのである。(※注)
 出会い、愛し合い、卵を産んで、その間が1週間。7日後にはもう成虫は生きられず、そして幼虫はまた翌年の春の雨の夜まで水中に潜る、という繰り返しである。


 
 ※正確に言うと生息地は、浅瀬の川の片側が草むら、もう一方の片側が落葉広葉樹の高低差200メートル以内の丘陵という環境が望ましいようだ。また、ホタルは場合ゲンジボタルのこと。
 詳しくはこちらのサイトへ 東京にそだつホタル



 その貴重な7日間に、ホタルが生息する貴重な生態系に、私自身が存在している、という巡り合わせが意外と難しかった。よほど前々から計画を立てて、気合を入れて行動しないといけないようだ。しかし、そこまでどうしてもホタルが見たい、撮りたい、というわけでもない。それで、何となくの潜在意識の願望は、難易度A級を前にして、ずるずると延期される(もしくは失敗する)ばかりであった。

 そんな曰くつきのホタル鑑賞&撮影会が、ひょんなことから実現した。
 女二人旅の友人からお誘いがかかった。横浜市の緑区寺山町にある四季の森公園に、都心に近い場所としてはめずらしくホタルが生息しているのだという。例年(一箇所につき)数10頭から数100頭のホタルの飛翔頭数が確認されている。また、嬉しいことに時期も幅があり、6月はゲンジボタル、7月はヘイケボタルの鑑賞が楽しめるのだそうだ。
 毎年横浜市緑区寺山町といえば、自宅から1時間もかからない。最寄駅の中山駅までは30分もあれば着いてしまう。
 私はカメラと三脚を抱え、付け焼刃の「ゲンジボタルの撮り方」を頭にざっくり詰め込んで、いそいそと中山駅に向かっていった。

 
 
 

上は四季の森公園 ホタルの生息場所を示した地図
ゲンジボタルは葦原湿原近辺、ヘイケボタルはしょうぶ園によく出るそうだ


 ちなみに、四季の森公園は、横浜の市街地にありながら、豊かな里山の自然に恵まれた公園である。JR横浜線中山駅南口からプロムナードを15分ほど歩いて、一歩北口から公園内に踏み込めば、懐かしい心象風景と感じるところの里山の風景が広がっている。ホタルがいまだ生息するだけのことはある。

 「長い歳月を経て丘陵に刻まれた谷戸と呼ばれる小さな谷、その湧水を利用して営まれた谷戸田と人の暮らしを包む森、里山」、それら私たちの原風景がそのままに残された公園である、と公式サイトで謳っている。



 中山駅を降りて、友人と合流する。ホタルの前にまずは腹ごしらえを、ということで、駅から程近い「ががちゃい」というラーメン屋に入る。
 横浜エリアで勢力を振るう「大桜」のネクストブランド、つけ麺専門店だそうだ。スープは、醤油、味噌、塩、黒、辛味噌から選べる。麺はスープによく絡む中太麺。
 で、このががちゃいさん、つけ麺が山盛りで出てくるのである。運ばれてきたとき、その量の多さに思わずギョッとした。(2人分がひと皿に盛られているのかと思った)その少し前、注文を終えて料理を待っているときに、野球部風の坊主頭の部活帰りの男子学生が団体で入ってきた。大きなバックと大きなガタイと大きな声とで店内を占領していたが、彼らが好んでここを訪れた理由がその時初めて理解できた。

 で、そのお味はというと。
 

 

つけ麺ががちゃい 外観

八方塞がりでも勇気をもて、と励まされる店内の様子

こちらが味噌つけ麺、なぜか麺が冷麺である

福島いわき市発信の大楽豆腐 まろやかで美味しい


 とても美味しい。つけ麺のスープには鶏だんごと蒸し鶏肉が入り、とんこつ系のこってりスープも意外と食しやすいまろやかな味だった。が、なんと、上に書いた例の大盛りの麺が、キンキンに冷えた皿に乗って登場したのである。おや、と嫌な予感がした。案の定、麺が冷えている。で、何度も言うが大量である。

 嫌な予感は的中した。その冷たい大量の麺を食べ切るまでに、つけ麺の豚骨スープも冷え切ってしまった。う~ん、ラーメンは額に汗をかきながら食べるのがいいのだが。つけ麺だからある程度は仕方ないとしても。冷えたラーメンのスープってどうよ? 微妙。もはやラーメンではない。フランスだのスペイン料理の冷製スープか何かを食しているよう。

 なんで麺を冷やすかなぁ? よほど、「湯がいてください!」(助けてください!風に大声で) と叫びながら皿を突き返したくなってしまった。
 
 と、ラーメンは熱いほうが美味しい、という好みを言って申し訳ないが、ところで、この店の夏場限定のトマトつけ麺も変わり種で美味しそうだった。
 あとは、福島県いわき市のセレブ御用達の絶品豆腐、「大楽豆腐」を取り寄せてネギ奴として販売している。ひと皿300円、(100円のミニもある)こちらも美味しかったのでおすすめ。



 お腹いっぱいになったところで、四季の森公園にゴー。
 中山駅南口のマクドナルド横を北に向かって歩いていく。すぐに直通のプロムナードが現れる。このプロムナードが、自然の景観に包まれて、なかなかいい風情なのである。紫陽花あり、公園にベンチあり、小川あり。水のせせらぐ音を聞きながらふらり歩いていく。


 心配して言いた雨も、ががちゃいにいる間に止んだようだ。今夜は(存在意識的念願である邂逅難易度A級の)ホタルが(ついに)見れそうである。


 心も弾む、プロムナード。わくわく。



 ・中山散歩


中山駅から公園直通のプロムナード 入口

雨上がりの紫陽花が良い感じに

ホタル用の一眼レフはリュックの奥 iPhoneで撮る

白も綺麗

プロムナードの道のり 石畳風 静かな住宅街である

公園を示す素朴な案内板

途中途中にベンチあり

雨上がりの空も青空で爽やか風

道脇に小川が流れている

北口に到着 奥に見えているのが北口広場
(右手に管理事務所とビジターセンターがある)

北口広場から見える大きな池

池の西方面へ 葦原湿地を目指して歩く

鯉に鴨がのんびり泳いでいる

しょうぶ園 ヘイケホタルはここに出没する


 ほどなく四季の森公園の北口広場に到着。公園の案内版、ホタルの現れる場所を示した地図に、管理事務局とビジターセンター、トイレがある。テーブルにベンチの上は夏祭りを思わせる白とピンクの提灯で彩られている。
 正面の池の向かって右側、西方面に歩いていくと、葦原湿地だ。この近辺にホタルが出るのだそうだ。

 途中、ヘイケボタルが生息しているしょうぶ園を見て、公園の奥へと進んでいく。

 ちなみに、今回はスルーしてしまったが、南口広場近くにある展望台からは中山の町が一望できるそうだ。天気のいい日は富士山(世界遺産決定おめでとうございます)や丹沢が見渡せる。お正月には初日の出を見ようという人々で賑わうとのこと。



目当ての場所(冒頭の一枚目の写真の紫の丸が一番大きなエリア)に到着して、カメラと三脚を取り出しスタンバイ。撮影に参考にさせていただいたのはこちらのサイト。

 ・ホタル撮影マニュアル


 日暮れ時の19時頃だった。現地はすでに結構な人出。ホタルを待ち構える親子連れにカメラマン、浅瀬の小川の前に三脚を並べているのだった。
 それでもこの頃はまだ場所取りにも余裕があった。ちょうどホタルが乱舞するピーク時の19時半から20時半ともなると、小さな子供を連れた家族連れがいっそう増えて、彼らはぞろぞろと現れては、三脚を立てているこちらの敷物の上にさえ土足で上がっては、「わぁ、綺麗ねぇ」とはしゃぐのであった。また、撮影場所を変えたく思って、様子見に湿地の奥まで行ってみようとしても歩けない始末である。

 私たちが鑑賞した場所は湿地の一番奥少し手前の小川沿い、といっても、草地に隠され小川はかろうじて見える程度のところだった。もう少し奥の方が小川が池状に広がっており、そちらの方がホタルの飛翔頭数も多かった。若干、初めの場所取りに失敗した感は否めない。
 
 が、それでも、日が暮れて、徐々にあたりが暗くなり、周りは期待で静まり返って、ふわりと、初めの一頭が飛翔した瞬間の感動と言ったら、なかった。柔らかく灯る青白い光。灯っては消え、流れるような軌跡の先にまた灯り、また消える。なんとも美しい姿である。

 ホタルの光というのは、強い光を放って飛ぶのは雄だけで、草地の影で雌は弱い光を灯して待つと聞いた。お互いを見つけ合うと、雄はいっそう強い光を放って雌のところへ向かうのだと。ところが、四季の森公園で見たゲンジホタルたちは、とても雌の潜んでいそうもない、葦原湿地と小川のあいだの、私たち鑑賞する人たちが立っている木道の上を、ふわふわと飛んでくるのである。

 私は何度も首を伸ばして、空を見上げた。写真でしか見たことがない。子供の頃、近所にたくさんいたというホタルは既に覚えていない。小川の周りを飛ぶばかりの、求愛行動としての光しか予想していない。なのに、この高さはどうだろう。頭上の落葉樹の枝の上を軽々と飛び越えていく。家族連れの子供たちの上を飛んで、降りてきて、手のひらを伸ばす彼らのそばで、しばし、空中浮揚するのであった。
 まるで想像外の飛翔に、人懐こさ。子孫を残すという使命だけに終わらず、まるで短い命のその時間に、少しでも、私たちを楽しませ、慰めを与えてくれようとするかのようである。

 いや、もしかしたら、それさえも、求愛行動の一つであるかのように。



 
葦原湿地前の四季の森公園の石碑

緑かぶりしているが。この看板と豊かな湿地を見て
日本神話の「豊葦原中つ国」を思い出す

四季の森公園のホタルの説明
(冒頭に書いてあることとほぼ同じ)



初めて撮ったゲンジボタルの写真 (キヤノン5D マニュアル撮影 絞り2.8 ISO1600 SS30秒 10枚合成)


やけに夜空が明るいと思ったら、でっかい満月が出ていた


 一頭のホタルが私のカメラのまん前までやってきて、そのまましばらく浮揚した。青白い光が、すぐ、目と鼻の先にあった。後ろにいた少年が興奮して大声を放つ。すごい。近い。近い。そっと包み込んだら捕まえられてしまいそうな距離だ。
 私は場所取りに失敗し、遠くの方で光跡を放つ小さなホタルばかりを見慣れていたので、この直前の、まばゆい灯火にどきりとしたものである。そろそろ諦めてカメラを片付けようと思っていた矢先のことであった。最後の最後に、私のもとまで来てくれた。なんと優しいホタルであることよ。


 空はしきりと蒼く、明るかった。もう少し暗ければ、もっとたくさんのホタルたちが乱舞したかもしれない。もしくは、もう少し蒸し暑ければ。7日という限れた命の、その1日をより光輝かしたかもしれない。雨が降らなかっただけで幸いだというのに、私たちは黒い森の中に切り取られた北の空を見上げて首をかしげている。明るいね。日が暮れたとは思えないね。

 その夜は、奇しくもスーパームーンの前夜だったのだ。地球に最も近い満月の日、その一夜前。
 明るいはずである。もう少し暗ければ、より多くの仲間たちと出会うことも叶ったというのに、水中地中から飛翔して7日の命、その狭間にスーパームーンというのは、残念というのか、またそれも希少というのか。不思議な邂逅では、ある。

 

9時近くなってホタルの姿が1頭、2頭と見えなくなった頃、友人と私は公園の北口広場に戻って行った。先を行く子供たちは懐中電灯を地面に向けて放ちながら、得意げに木道を歩く。駐車場は8時50分で終わること、早めに戻ってくださいとアナウンスは繰り返している。葦は背の高い影を伸ばし、落葉樹の影との狭間に私たちを埋めている。北の空は相変わらず明るい。ふいに、東の空が開けると、人々が佇んではカメラを向けている、あれが前日のスーパームーン。大きな眩い月が現れて、友と私を驚かすのであった。

 同じく希少な光の軌跡と言えど、ゲンジボタルの青白い灯火をまるで空虚に貶める何とも異なる無慈悲な瞬き。その美しい光にしばし見とれて、女二人旅、今回はこれにて終わりである。



 

 
中山駅ビルロンロン3階の喫茶店「ラ・クレア」さんのパフェ

こちらはクリームチーズのワッフル
北海道ソフトクリームつきでボリュームたっぷり