Tokyo Warm Light 2013 東京タワーの変わらぬ心



 あれはいつかのクリスマスイブの夜、私は買ったばかりのコンパクトデジタルカメラを持って東京タワーへと向かった。そこで待っていると書いたのである。宛先のない、けれど彼ならば絶対に読むだろうと信じた手紙に。
 1階の正面入口の前は、15メートルのモミの木と、光の国へと向かうモニュメントが煌めいていた。行き交う人々。恋人たちのさざめき。
 私は展望台にも登らず、傍のベンチに座って、その時を待った。彼ならば、きっと見つけてくれることだろう。

「遅くなってごめんね」

 そう声をかけてくれるはずの相手は、しかし、ついに現れなかったのだけれど。





 東京タワーの大展望台で、春のイルミネーション企画が開催されているという。
 その名も「Tokyo Warm Light」、去年大ヒットした春限定企画のリバイバルだ。東京の暖かい灯り? 春だけに? 何だかよくわからないが、大都会での心温る光とやらを見に行ってみよう、と金曜の夜に大門へと向かった。


 ↓ これが Tokyo Warm Light 2013 ↓




 イベントの詳細ページによると、やはりというか、予想したとおり、「あたたかい灯り」というのは東京タワー自身のことを言っているらしい。
 東京タワーのライトアップは1988年から始まった。変わりゆく東京にも変わらない光がある、(それが東京タワーだ)東京タワーのあたたさをもっと身近に感じて欲しい、そんな思いから企画されたイベントだという。


 
 そう言えば、近頃、東京タワーを見ていない。あれほど好きだったのにどうしたことか。東京に勤めなくなったせいもあるし、東京自体に興味がなくなったせいでもある。私の興味は完全に地方へと移っている。時間の余裕があればできるだけ、地方に足を運びたい。
 東京は大都市だし、いくら日本が低迷しているといっても、まさか東京くらいは自力でやっていけるだろう、心配するまでもない、と思っていた。
 東京タワーはいまだ私の中では東京の象徴なので (スカイツリーが・・ といってもやはり電波塔云々以前に格が違うし、立ってる場所も違う)、だから東京タワーも東京同様、自然と思いが希薄になってくるのであった。

 冷たいものだった。めまぐるしい世界情勢に、怪しくなる中央政権、流動的な時代の中で、懸命に東京を背負って立っている東京タワーをたまには応援してやらなければ。あの不動のあたたかな光をぜひ見させていただこう。と、まぁ、大げさだが、とりあえず、久しぶりに東京タワーを見るのも悪くはないだろう。


 さて、大門へ到着。
 いったん家に帰ったら、だいぶ遅くなってしまった。最終回の時間に間に合うだろうか。
 ところで、東京タワーというと、最寄駅として赤羽橋(大江戸線)や浜松町(JR)を思い浮かべる方が多いと思うが、私はもっぱら大門(大江戸線・浅草線)を利用する。
 なぜかというと、5年程前に大門まで通勤していて、このあたりをよく歩いたから、単に親しみ深いのであった。赤羽橋より殺風景ではない(と感じる)。東京タワーへの道程が見所が多くて楽しい(と感じる)。浜松町より遠くない(これは事実)。それだけの話である。
 なので、今日は大門からの道程を紹介しよう。


 私の場合は青山一丁目から乗り換えて大江戸線で大門へ向かう。麻布十番、六本木等、東京の有名どころを通り過ぎて、大門に到着したら、改札を出てA6出口から外に出る。下の写真は、外へ出る直前の地下道の途中、芝大門振興会さんの街火消しや明治初期の大門の絵が飾ってある。(これを見るのが好き)




 こちらは明治の東京の写真。



 A6出口に到着。東京タワー(方面)と看板に書いてある。




 いつも思うが、地下鉄の出口というのは面白いもので、階段を上って一歩出れば、異世界である。さっきまで郊外の田舎町にいたのに、次に外に出たときは眩い東京だ。A6出口は特に面白くて、出るとすぐに芝大門の交差点があり、増上寺の三門がどんと立っている。(見ごたえあります)






 この三門をくぐると、東京タワーが顔をのぞかせる。(よくこの芝大門交差点でバックパッカーの外人が東京タワーの写真を撮っている)
 今日も見えるだろうか、何年も来なかった間に、ビルでも立って見えなくなっていないだろうか、などと余計な心配をして恐る恐る覗くと、今日もちゃんと東京タワーの姿が見えた。

 やはり変わらない、やはり東京タワーの灯りは美しい。この日は自然と環境を表すピュア・グリーンのダイヤモンドヴェールだった。(とウェブサイトで見て出かけたのだけれど、なんかブルーっぽい?)




 東京タワーに向かって歩いていく。写真で見ると小さい(広角レンズで撮っています)が、肉眼で見ると、でかく見える。かなりの迫力。





 真っ直ぐ行くと増上寺(その奥が東京タワー)なのだが、その前に、日比谷通りを挟んで隣の芝公園10号地へ。




 
 ここ(下の写真)がお気に入りのベンチ。私の桜と名付けた桜の木の下のベンチで、よく会社の行き帰りに座ったものである。何年ぶりだろうか、懐かしい思いで今日も腰をかける。東京タワーの前に、休憩していこう。

 いつだったか、会社で耐えられないことがあって、トイレに行って泣いていたら、どうにも涙が止まらない。こんな顔では仕事にならない、同僚に合わせる顔もない、と、そんなことは初めてであったが、会社を抜け出して、この10号公園に来て涙がおさまるまで泣いたことがある。
 たかが会社のことで、(それも仕事を失敗したとかではなくて、確か誰かに何か意地悪を言われたとかされたとか、そんなことだったと記憶している)こんなに涙が出るものなのだなぁ、と自分で自分に驚いた。それほど、あの時は心が壊れるくらい傷ついて、もう職場に戻りたくない、このまま仕事を辞めて帰りたい、と思いつめ、桜の木を見上げた。

 桜の時期は、一緒にお弁当を食べていた子たちにわびを入れて、食べ終わるとすぐに抜け出した。芝公園は連日花見ランチの人手で賑わうのである。開花してから毎日、蕾から枯れるまで、私は桜の写真を撮って、私の桜と名付けたこの木の下で休憩をした。

 派遣切りにあって仕事を辞めた時、最後の日は、ずいぶん長く感じられる間、ここに座っていたものである。桜の木にお別れをした。
 また会いに来るからなぁ。必ず来るからなぁ。


 ひゃ~何年ぶりだろうと、嬉しく思いながら、ベンチに座ってふと見上げると、若葉が妙に少ない。例年、この桜の木は、ベンチまで覆いかぶさるくらいに花を垂らし、若葉を揺らすのが常であった。そう大きな木ではない、しかしそれにしても・・ とまじまじと見ると、なんと3本の幹が根元でつながり合うような木のその2本がバッサリと伐られている。私は自分の身を切られたかのように、ひっ、と息を漏らした。
 


よく座っていた芝公園のベンチ

幹を伐られたお気に入りの桜の木


 桜の木は残された細い1本の幹をひょろりと伸ばして、貧相に佇んでいる。伐り跡を見ると、しばらくの時間が経っていそうだ。今年の桜の時期は、これでは随分寂しかったことだろう。

 

見上げると、桜の枝(右)に10mほど離れたところに立って
いる楠の枝(中央)がぶつかりそうになっている

楠の枝の侵食 桜を襲うように伸びている



 ここは大丈夫だなんて、東京のことを見放していたから罰でも当たったのかもしれない。一番、心の拠り所にしていた大切な場所が変わってしまっていた。

 桜の木のベンチに座った時、私は満足して、もうここで帰ってもいいとさえ思った。大門から東京タワーも見たではないか。この木に会うことが目的のすべてだったような思いがして、幸福感からそんな思いがよぎったのである。なのに・・


 私は心を引き締めた。公園の緑の隙間から東京タワーが見える。
 変わらない、あたたかい、その光。
 そうだ、東京タワーに行って、展望台に登ろう。Warm Light を見るのだ。


 いつかのクリスマスイブの日、待っていた相手が来なかったあの夜、私はそれからずっと東京タワーの展望台には登らないと心に決めていた。待ち合わせをした(と思っている)相手と再会できるまでは登らない。もしも、会える日が来たら、その時こそは一緒に登ろう、と思っていた。

 けれど、スカイツリーが出来てしまった。よほど高いスカイツリーに登り、それに、そもそも学生時代の遠足で東京タワーにはもう登ってしまったように思う・・(蝋人形館以外の記憶が定かではないが遠足でわざわざ行ったからには登ったのだろう)めまぐるしく、時は変わってしまった。桜の木は伐られてしまった。そして、あの時会えなかった相手は、その思いは、いつでも傍にいてくれる(ある)のだということも、今では気が付いているつもりである。意固地になることはなかった。私の誓いは、今では的はずれな、過去の遺物なのである。
 
 そうだ。今日は登ろう。すべての過去と、思いを抱えて、今日は行こう。



日比谷通りの向こうの東京タワー


 日比谷通りを渡ると増上寺三解脱門が現れる。徳川幕府の助成により建立され、1622年に再建されたこの門は、東京有数の古い建造物であり、東日本最大級を誇っている。増上寺の表である。







 門を入ると、大殿とその背後の東京タワーが見える。江戸と昭和の歴史的建物の取り合わせ。
 大殿からは、夜の9時を過ぎているのに、クラシック音楽の合唱のようなお経が聞こえてくる。その音色を聴きながら、境内を横切り、左手の東京プリンスホテルとの間の坂道を進んでいく。

 ・増上寺の歴史


暗かったのでPhotoshopで明るくした写真

後ろに明るく見えているのは東京プリンスホテルビアレストラン

増上寺と東京プリンスのあいだの坂道


 坂を登りきると、東京タワーが足元から見える。
 東京タワーは、ダイヤモンドヴェールにライトアップされた大展望台から特別展望台までの塔の部分も美しいが、足元の赤い光も何とも言えない。
 「ろうそくのようなやさしい」「あたたかい」、光とは公式ウェブサイトの説明だが、この足元の部分を見る限り、私は優しさや暖かさよりも、力強さを強く感じる。繊細で美しくありながら、しかしその根幹はこのダイナミックな勇姿。たまらない。目の前で見ると圧巻の迫力である。




ついに全貌を現した東京タワー

 1階のチケット売り場へ。

 




 東京タワー正面入口の前は記念写真を撮る人たちがちらほらといるのである。この時間だし、空いているかと思ったらやはり人気が高い。








 ついに来た。東京タワーの上まで登るこの日。ところが、チケット売り場で、スタッフの女性がすまなそうに顔をしかめて言うのだった。

 「申し訳ございませんが、今日はもう一番上までいけませんが・・」

 現在、塔頂部の改修工事を行っているそうで、特別展望台は21時で券売終了なのだという。私は拍子抜けする思いだった。今日は最上階まで行こうかと思っていたが・・ しかし、Tokyo Warm Light のライトアップは大展望台の1階で行われている。最終回を撮っていたら、どうせ特別展望台へ行く時間はなかっただろう。

 それに、もしかしたら―
 今日は大展望台だけでいい。最上階の特別展望台は、やはり再会した時のためにとっておけ、という神のお告げなのかもしれない。



チケット売り場

大展望台へと向かうエレベーター

 
 1階から大展望台行きエレベーターを登って、まずは大展望台2階へ到着。
 東京の夜景を堪能する。





 六本木ヒルズ。



 桜田通り(国道1号)と交差する首都高速都心環状線。




 
 東京タワーの写真が飾られている。綺麗なものばかりで見入ってしまう。中央の、ふたりのハート型の手の向こうにタワーが写っている写真が気に入った。




 
 下の写真は、大展望台2階にある神社。地上150メートル、東京で一番高い場所にある神社だそうだ。受験シーズンには「高い所へ受かるように」と、合格祈願をする受験生で賑わうとか。交通安全、縁結びにもご利益がある。






 それにしても綺麗。うまく撮れなくて申し訳ないが、夜の大都会を空中散歩しているような気分になる。




 次は、ライトアップをしている大展望台1階へ。





 階段を下りて大展望台1階前の扉。ガラス張りの床から145メートルの真下の景色が覗ける「ルックダウンウィンドウ」が左手にあると促している。この東京タワー名物のルックダウンウィンドウ、下りエレベーターに乗る前に見ようと思っていて、すっかり見逃してしまった。





 カフェラ・トゥールの前が妖しく光っている。Tokyo Warm Light 2013 だ。






 そこそこ綺麗だけど、う~ん、期待していたほどではないなぁ、と思っていた矢先、ふと灯りがオレンジからピンクへ変わった。桜ライトアップというのだそうだ。この桜ライトアップがやけに綺麗に感じられた。






 
 下の写真は東京タワーの心を象徴するハート型のモニュメント。真ん中に東京タワーの形をした、灯火のような灯りが見えている。








 よく見ると、丸いぼんぼりみたいな形の明かり、桜の花で出来ているのだった。幾つもの桜の花が花束のように集まって形作られている。


 東京の夜空に浮かぶ東京タワーの心、そのあたたかい光。いいなぁ、と思いながら撮っていると、突然、桜ライトアップが今度は金色へと変わった。







 黄金だった。いや、さっきと同じオレンジ色のライトアップなのだが、違うのは、その明かりの数だった。丸いぼんぼりの後ろ、天井や窓ガラスの上下部分に、無数の小さな星のようなLEDが点灯したのである。









 私だけではなく、その場にいた誰もが息を飲むのがわかった。なんて綺麗な煌きだろう。
 大展望台は、東京の夜を空中散歩しているようだ、と先ほど書いた。しかし、今では、ここはまるで宇宙のようだった。無数の惑星と星々の間を漂っているようであった。


 なんて綺麗な煌きだろう。
 なんてここは・・



 「そろそろ最終のエレベーターが出ます。急いでください」

 しかし、時は容赦なかった。恍惚とするのもつかの間、あっという間に終わりを告げるのである。








 12時を過ぎて、魔法が解けてしまうような残念な思いだった。人々がエレベーターへと向かう中、最後に、東京の宇宙(そら)に浮かんだハートの灯火を撮る。
 東京タワーの変わらない心である。
 


東京タワーの心 やさしく、あたたかい、変わらない灯火


IPhoneで エレベーターを下っていく


 エレベーターを下り、1階から吐き出されると、外は魔法の解けた日常である。ライトアップを消した東京タワーが素知らぬ顔をして佇んでいる。

 

灯りの消えた東京タワー

ツツジを見ながら元来た道を行く


 あの宇宙を感じたほんの少しの時間、思った以上に私は興奮したようである。終わってみるとすべてがつまらなく感じるほどであった。まだ、心の昂ぶりが残っていたので、増上寺の横の熊野神社でお祈りをして、心を落ち着かせる。
 増上寺をまた通って、そして芝公園10号地の、あの桜のベンチに一人座るのだった。

 


熊野神社

御祭神は熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社の三神

鎮守なので小さいけれどご利益は同じです

増上寺と東京タワーを見て

三解脱門を通って、芝公園10号地へ


 私の桜は、相変わらず伐られた幹を晒して、貧相に佇んでいた。いたわりの言葉をかけて、ベンチの下で煙草を吸う。時は変わっていく。そんなこともあるものだよ・・・
 それでも残った枝は豊かな若葉を茂らせているのだ。私と同じように、誰かと同じように、傷つきながら懸命に生きているのであった。
 ふと見上げると、さっきまで消えていた東京タワーがまた灯っているではないか。ダイヤモンドヴェールは終わったようだが、いつも通りの、あの私がこの地にいた時に毎晩眺めた姿のままで、灯ってはあたたかく、桜を照らしているのである。


 ありがたいなぁ・・ 

 と何とはなしに思い、そして私は桜に別れの言葉を告げる。
 また会いに来るからなぁ。必ず会おうなぁ。

 






 大門の地下鉄の出入口に向かう前に、新しいラーメン屋を見つけた。以前、小さなドトールがあったところだ。そうか、あのよく休憩したドトールはラーメン屋になったのか。そら、というのか。良い名前だ。北海道の頑固味噌味が美味しそうではないか。今夜はもう遅いし、お腹も空いていないが、今度来た時はぜひ入ってみよう。

 めまぐるしく変わる東京の街を包み込み、今夜も東京タワーは灯る。その姿を最後まで、見えなくなる一瞬まで追いながら。
 光の国は消えた。宴は終わりだ。私は足早に地下鉄へ向かう。あたためられた心を抱えて、異次元の出入口へと吸い込まれていく。



北海道味噌のラーメン屋 そらさん

大門の街に東京タワー

私の街へと繋がっている地下鉄の入口


 ・Tokyo Warm Light 2013