夜明け前の福島旅行編④ ~最終話・あぶくま洞と福島の森の意思~




 今月12日に北朝鮮が核実験を行ったと報道がありました。
 その時の地震の波形が自然地震とは明らかに違う、「自然地震の場合、観測する地震の波形は小刻みな揺れから大きな揺れに推移するが、地下核実験による震動は最初から振れ幅が大きいという。今回の波形は最初から大きな揺れを示したとみられる」(msn産経ニュースより 2013.2.12 13:05)とのことから、最終的に核実験という結論に至りました。

 この時の核実験による地震の波形が、東日本大震災の地震の波形にとてもよく似ています。規模は違いますが、やはり最初から揺れ幅が大きく、自然地震のものとはあまり似ていません。

 何が言いたいかといえば、私は、東日本大震災は人災である、とずっと思っているということです。


北朝鮮の揺れ「自然地震でない可能性」気象庁より
(クリックすると写真引用元記事へ)

東日本大震災の地震はオカシイ? 地震波形を見る!より
(クリックすると写真引用元の記事へ)


 今日は福島編の最終話です。最後に訪れたあぶくま洞を紹介して、さらりと締めたかったのですが、やはり、どうしても、この話題を避けて通るわけにはいきません。

 気象庁は北朝鮮の時と同じように、東日本大震災についても、異常だということを認めています。その波形を詳細に調べ、解析したあとに、震災から2日後の会見で、「極めて稀で、少なくとも我々は初めて」だと言っているのです。





 震災も、原発事故も、あれは、人災です。
 では犯人は誰か、という話になると、(こういう話をすべて)「陰謀説」というカテゴリーに括って嘲笑する人たちの恰好の餌食になりますので、ここでは言明しません、が、しかし・・

 私たちはたくさんの同胞を失ってしまいました。今でもたくさんの人達が苦しんでいます。
 そしてたくさんの自然を傷つけてしまいました。
 そのことだけは、これからも決して忘れずに、生きていきたいと思います。




 あぶくま洞は、磐越自動車道小野ICから約10kmのところにあります。この小野ICでは、最後の最後に思いがけないギフトをいただくことになるのですが、それはまたあとの話。とりあえず寝不足と疲労がピークの私は、小野ICの出口を見て思わず、半ば冗談に、こう言いました。「生きて戻れた!」

 あぶくま洞は福島県田村市にある全長600m(公開部分、非公開部分は2500m以上)の鍾乳洞です。鍾乳石の種類と数の多さでは東洋一と言われています。
 20代の頃、沖縄旅行に出かけた際に、一度、玉泉洞という鍾乳洞を見たことがあります。その時の古い記憶から、私はあぶくま洞は地底深くにあるものと思い込んでいました。とんでもない、車を走らせて驚きました。どんどん登っていくのです。

 なんで鍾乳洞なのに山の上なんだろう? 驚きを持ってあぶくま洞入口までの道を登ります。天辺に、天地人と呼ばれるループ型の大きな橋が見えました。これも私はバブル時代の残骸か何かかと思って、まさか人間が歩く橋だとは思いませんでした。

 あぶくま洞の入口は、阿武隈高地と呼ばれる高原地帯にあるのですね。中央に位置する大滝根山の西側斜面には、仙台平と呼ばれるカスト台地が広がっていて、古くから石灰石や大理石の採掘が盛んな土地でした。
 また、もう少し前の平安時代には、大滝根山に大多鬼丸という長がいて、白銀城と豊かな集落とを築いていました。あぶくま洞の近くには、この大多鬼丸(朝廷と戦い、敗れました)が自決したと言われる鬼穴があります。大多鬼丸の首は仙台平の高台の、あぶくま山系一円が展望できる場所に丁重に葬られました。

 駐車場に車を止めて、高原の斜面をさらに登りきったところに、「仙台平」の標識とその上に陣取った小さな大多鬼丸がありました。私は大多鬼丸の伝説を知らなかったものですから、こちらもずいぶん不思議に思ったものです。小さな人型から、コロボックルか、民話の神様か何かかと思いました。

 帰宅してから見たところ、公式サイトにちゃんと大多鬼丸のお話が載っていました。あぶくま洞では、きっと仙台平の主としての大多鬼丸を、今でもとても大切に考えているのですね。




駐車場からさらに登って、仙台平からの眺め


標識の上に、ちょこんと大多鬼丸が・・

天地人と呼ばれる豪快な橋があります




天地人橋からの眺望

天地人橋と天文台
(クリックすると以前台長をしていらした大野裕明さんのHPへ)

私の星座、おひつじ座の前で写真を撮りました
奥には駐車場と結晶質石灰岩の山肌が

阿武隈神社


星に手を伸ばす子供

売店前からの眺め

入口へ向かいます


 あぶくま洞に入る前に、天地人橋をぐるり歩いてみました。阿武隈山地を一望すると、天高く感じられて、足元が震えるようでした。
 女性2人の旅行者が通り過ぎて行きます。1人が橋から身を乗り出して、それから友人に向かって真剣な面持ちで言いました。「なにこれ、絶叫系? 完璧にスリリングなアトラクションだよね」

 ところが、それほど怖く感じられるほど高い阿武隈山地ですが、石灰石や大理石を採掘していた頃や、大多鬼丸がいた頃よりも、さらにさらに古い昔は、ここは海底にあったと言われています。
 
 あぶくま洞などの鍾乳洞があるのはその証拠なのだそうです。アクアマリンふくしまで見た化石もそうです。いわき市でアンモナイトやフタバスズキリュウなどの化石が産出されるのも、かつて海底で堆積した古い地層が隆起して陸地になり、アルプスのような大山脈になって、それが長い年月、雨風に晒されて、なだらかな地形になり、さらに隆起が進んで隆起準平原になった、そういうのを地形輪廻と言うのだそうです。阿武隈山地は地形輪廻によって、海の底から、高い山地になりました。そして鍾乳洞はその地底の奥深くで、幾千年という膨大な時間をかけて、創られていったのですね。



あぶくま洞に入ります

入口のホールです ひんやりしています

見上げると見事な鍾乳石が

妖怪の塔です 暗いところを通っていたら
突然ライトアップされて、妖怪の顔が
浮かび上がりました

こちらは白磁の滝です 流れ落ちる滝のようで綺麗でした
案内図です。ここから探検コースへ進みます

探検コース入口

探検コーススタートです 先心の池

狭いところや

低いところを 進んでいきます

これも不思議なかたちで見入りました

今度は階段を上って

鍾乳洞の奥へ
足元を下っていきます


また階段を乗ってそろそろ終了ですが

探検コースを終わる頃からカメラが曇ってしまいました

せせらぎの間  これから一番いいところなのに・・

竜宮城 これは撮るなということでしょうか・・
クリスマスツリー


 切り立つ崖の中腹にあぶくま洞見学ルートの入口がありました。そこから長いエスカレーターを降りて、奥へと下っていきます。あぶくま洞の平均気温は年間を通して14度程だそうです。今思うと外より気温は高いはずですが、不思議なもので外気とはまったく異なるのですね。足を踏み入れたとたん、空気がひんやりと感じました。
 天井から大きく下がる鍾乳石や床下からタケノコのように堆積して出来る石筍(せきじゅん)など、鮮やかなライトアップされた鍾乳石を見ながら進んでいきます。
 すぐに道が左に分かれて、探検コースが始まりました。あぶくま洞は、入洞料プラス200円で、洞窟内を探検するコースが楽しめるのです。私は事前にセット購入しましたが、入口前に年配の男の方がいますので、途中から探検コースに行きたくなった場合はそちらでも窓口券の購入ができます。
 狭いところをかがんだり、丸太の橋を渡ったりと、スリル満点の冒険気分を味わえますので、ぜひ探検コースもチャレンジしてみることをおすすめします。
 
 探検コースの狭い鍾乳石の道を進んでいくと、突然ぽかりと海底ホールが現れます。滝根御殿です。こちらの入口には可愛らしい少女が1人立っていて、どうぞ階段の上まで行ってゆっくりご覧下さい、そのあとはこちらにお戻りください、と出口を示してくれました。
 言われるままに階段を上って間近から最上層の鍾乳石の一群を眺めます。
 圧巻でした。高さ29mの天辺から、上部が円盤状になっているもの、光を透かして石の模様を見ることができるもの、網目状に形成されているもの、壁面を流れ落ちる滝のような形のもの、様々な形の鍾乳石がつららのように伸びては迫ってきます。
 この滝根御殿に近づいたあたりから、カメラは内側から曇り始め、今ではシャッターを切ることでもできませんでした。カメラがピントを合わせられないのです。こういう場合はマニュアルフォーカスにして無理やり撮ることもできますが、私はあえて撮ることをやめてしまいました。撮れなくなったことを残念なような、当然であるかのような思いで、ホールをただ見あげていました。あまりにも神秘的でしたので、これは記録写真にするのは忍びないと思ったのかもしれません。

 この最大ホールのもう少し先に、竜宮殿と呼ばれる第2ホールと、日本で初めて舞台演出用の調光システムを取り入れた月の世界、石化の樹林などの見所があります。神秘的といえばこちらも負けておらず、鍾乳石の形が人間の形の様なもの、きのこのようなもの、クリスマスツリーのようなものと、こちらは天井からのつららというより、大地に置かれた彫刻の像のような、やはり様々な形の鍾乳石がありました。

 滝根御殿も、竜宮城に月の世界も、自然が造った形にしては本当に良く出来ていました。
 これらは古代の遺跡であり、かつて、ここに何者かが文明を築いていたのだ、と言われても、おそらく信じてしまったことでしょう。

 さて、洞窟から戻ってきました。駐車場に向かおうとして、ふとあぶくま洞に入洞したときに、外の売店のソフトクリームの割引券(200円で食べられます)をもらったのを思い出しました。ご自慢の味だそうです。バニラとぶどう味のミックスを頼みましたが、これが、とっても美味しかった! あぶくま洞に行く機会がありましたら、ぜひ売店のぶどうソフトを食べてみてくださいね。



ぶどうが酸っぱくて美味しいです 売店からの景色を眺めながら

八重のふるさと福島県 八重の桜のポスターがありました

小野インター手前でぽかりと始まる森の入口に導かれました

 あぶくま洞観光も終わりです。これで、予定の場所はすべて見終わりました。あとは小野インターから郡山に行って、2日間の相棒のホンダを返して、家に帰るだけです。
 シートに腰掛けたとたん、携帯が鳴りました。ホンダを貸してくれたレンタカーの会社の方からです。昨日、雪の中で落としてなくした車の鍵が見つかった、という報告でした。喜多方で、「困ったときはお互い様」と言って付き合ってくれた隣の家の方が、見つけて、連絡してくれたのでした。
 これにはほっとさせられました。旅の途中で偶然振り合っただけの、何の関係もない方が、鍵を見つけて連絡してくれたことが嬉しく感じました。
 気がかりなことがこれでなくなりました。レンタカーの会社の方も(昨日の方とは違う方でした)、福島弁訛りの温か味のある言葉遣いで、労いの言葉をかけてくださるのでした。

 最後の最後で、私は昨日の受難、・・旅のマイナス分を、すべて取り戻した思いでした。鍵が見つかる、ということ自体が暗示的でした。私は救われた思いで、今日の陽に照らされたこの土地のすべてと、そして優しい人々に、心から感謝をするのでした。

 ありがとうござました。とても楽しい旅でした。



 満たされた思いで、小野インターに向かいます。あと少しで高速に乗る、という地点で、ところが私は道を間違えてしまいました。
 私は直進するつもりでいたのです。「右です」というカーナビの指示が、思いのほか強く心に響いて、思わずハンドルを右に切ってしまったのです。とたん、高速のあの光の道は左手にちらりと見えて遠のいて、私は路地に迷い込んで行きました。
 昨夜も散々、あのいわき市に向かうために高速に乗ろうとして乗れなかった時です、こんなふうに、下の道をうろうろとしましたので、今日は慌てず、カーナビが目的地(高速の入口)までの道のりを再計測するのを待ちました。ところが、なぜか、それは静まり返って、うんともすんとも語り出しません。それでは、と勝手に運転を始めました。道を間違えて右に曲がってしまったのだから、あと2回、右、右、とコの字に右に曲がれば、元の道へと戻るはずです。次の角を右に曲がりました。

 住宅街から、勾配のある細い路地に入り込んで、美術館のようなお屋敷を通り過ぎ、化学工場の門の前までたどり着いて、右に曲がれぬまま、道は終わりを告げました。
 行き止まりです。さて、困りました。車の向きを変える広さもありません。工場の門の前までバックして、少しずつ左に切って向きを変えようか、などと考えながら、ふと右手を見やると、今さら気がついてしまいました。工場の門の左手に、ぽかりと切り取られたような森の入口があるではありませんか。



突然現れた森を進んでいきます

落ち葉に昨夜の雪が残っています


杉の林が始まりました





展望が開けたところに着きます 川と田んぼが見えました


















奥に森の入口に止めたホンダが見えています


道からの光芒 高速からはもっと綺麗に見えましたが
これは出たあとで、田んぼの前で撮りました


 目を疑いました。どう見ても、住宅街の路地には場違いな森への入口でした。帰宅してから地図を調べたところ、この小野町にはたくさんの山があって、そんな里山の途中に住宅が建っているのは当然のことだったのです。が、この時はそうとも知らず、この突然の邂逅に背筋がぞくりとしたほどでした。なぜなら・・

 私は森が好きなのです。自然の景色が大好きでした。最後の最後に、福島の自然に導かれたということに、偶然とは言いようのない、ある意思を感じたのでした。

 車を止めて、森へと向かいました。万が一、迷い込んだ時のために、着る物や食べ物が入った荷物を背負って行きました。僅かに雪の残る枯葉を踏み鳴らして、奥へ、奥へと進みます。空気がひやりと頬に突き刺さりました。奥の杉林に光芒が降り注ぎ、地から霞が立つように見えています。
 畏れるような思いで進んでいきました。杉林の尾根の下には暗い谷間が覗いています。誰もいません。静まり返っていました。今、私と、この自然の森だけが、剥き出しの互の姿のままで、ただ対峙しているだけでした。
 しばらく進むと、杉林の道が開けて、眼下に里の風景が広がり、見渡せました。田んぼに、川、そして山々が続いています。明るく、陽の当たる、そののどかな景色にしばし見入りました。
 私は突然、敬虔な思いが湧き上がってくるのを感じました。この自然の景色を、いまそこに自分が立ち会っていることを、奇跡のような思いで見つめているのです。
 森の木々に向き直って、深く、頭を下げました。感謝の気持ちを伝え、それからお詫びを告げました。私たちが傷つけた、この土地の自然のことを。冒頭に人災のことを書きました。ずっと、そのことを、哀しく感じていたのです。

 私は念じるような、強く、祈るような想いを込めて、心の中で唱えました。これからは、私たちが、あなたたちを守ります、だからずっとこの地で一緒に生きていきましょう、という決意を。

 その時です。静まり返った森が、突然大きな音で答えました。カン、カン、カン、と。何かが、高く響き渡ったのです。
 もちろん、それは誰かが、・・農夫や林業に従事している誰かが、誰もいないと思っていたのはただ見えなかっただけで、森の奥にいた誰か、偶然、音を鳴らしただけのことかもしれません。それでも、ちょうど祈りを終えた途端に響いたのです。その誰かが鳴らしたことさえ、意思がもたらした仕業であると、考えるには十分でした。私はもう一度、深く頭を下げました。そうして、背を向けて、道を戻っていきました。ホンダの止めてあるあの切り取られた入口まで、写真を撮りながら、時々、森に語りかけながら、あっという間に終わってしまうその瞬間を、ただ共に過ごしていたのでした。
 
 
 私の福島旅行記はこれで終わりです。最後に、小野インターから郡山までの高速の道で、これはもうお話しましたが、とても美しい光芒を見た、ということだけもう一度書きとどめさせていただきたいと思います。
 福島の道は、それはとても素敵でした。輝く、光の道でした。
 あなたもぜひ、福島に訪れた際は、あの道を行ってみてください。
 そして、里の山の森の奥へと、ぜひ行ってみてください。
 そこに意思がもしあるならば、感じることが何かあるかもしれません。
 

 




☆出典☆
あぶくま洞&敷地内施設のご案内
阿武隈高地