百名山・鳥海山への道。後編。
こんにちは!
めっきり涼しく感じられる昨今、皆さま、お元気度過ごしでしょうか。
さて、今日は「鳥海山編」の後編です。
【前編・あらすじ】
東北の名峰、鳥海山へ毎日アルペン号で遠征した私。
7合目までは順調なペースで登っていましたが、その後からペースダウン。
「師匠」にも置いていかれ、孤独で苦しい山行となります。
お花畑を舞う小さな生き物たちに励まされて、やっとの事で山頂直下の大物忌神社へ。
しかし、そんな私を待っていたのは、
消波ブロック(テトラポット)のような巨石が乱立した、
道とはとても思えない頂へのルートだったのです。
大物忌神社に着いた頃から写真を撮る元気がなくなってしまいました。
今となると、貴重な記録が残っていなくて大変残念です。
しかし山頂では、なんとか勇気を振り絞り、隣にいらっしゃった方に、
「写真を撮っていただけませんか」と頼みました。
(あの時写真を撮ってくだっさった方、本当にありがとうございます)
無事、頂上を踏めたのは確かです。
貴重な写真も撮っていただきました。
しかし、かなり不本意な山頂アタックとなりました。
岩場をよじ登って行くことにかなりの苦戦を強いられ、
たくさんの登る方・下りる方が入り乱れた場所だったため、
「大勢の方々に迷惑をかけてしまった」という思いが残ったのです。
安全に無事辿り着いたことの安堵感と、
あまりにも呆気ない岩場の終点に拍子抜けするばかり。
まるで尻切れトンボみたいな終わり方だと感じていました。
そして、本当に怖かったのは、登る時よりも下りる方でした。
道を示すペンキの矢印も下る側からは見えづらく、何度もルートを見失っては、
危険な方向へと向かいそうになりました。
山頂直下の大物忌神社に下り立った時は、山頂についた時よりも嬉しかったほどです。
そして、あのテトラポットのような岩場での山頂アタックで、
思った以上に体力と気力を使い果たし、私はへとへとになっていました。
この後、七高山というもう一つのピークを踏んで、
外輪山経由で下山する予定でした。
行きとは違う周回コースを歩く予定だったのです。
「七高山へ向かうにも、また同じような巨石の連続が現れるかもしれない」
そう想像したら、「もうおかわりはごめんだ」と思ってしまったのです。
「もうあの道は登りたくない」
私は意を決して、来た道をそのまま戻るピストン下山を選びました。
今この体力と気力を使い果たした状態で無理して進んだら、
無事に下山できないかもしれない・・。
「勇気ある撤退」だったと思います。
けれども、下山しながら私の心はだんだんと不機嫌になっていくのでした。
千蛇谷コースを下山する人はほとんどいませんでした。
あれほどたくさんいた山頂アタックの方々は、一体どこへ消えたのか?
「みんな七高山へ向かったんだ。今頃、外輪山を気持ちよく歩いているんだ」
みんなが当たり前にできることを、自分だけができなかった。
自分だけが至らなくて、半人前の登山者に思えてきたのです。
「登山と人生はリンクしている」といつも思っている私。
半人前の登山者ということは、人生でも同じなのだろうか・・・
なんて事まで考えてしまいました。
「さぞ外輪山からの景色は見事だっただろうな」
と思えて仕方ありませんでした。
みんなそれを見たのに。
私は少し「僻みながら」、憮然とした面持ちで下山しました。
青空が映り込む鳥海湖も、美しいお花畑も、
遠くに海が浮かび上がる鳥海山ならではの絶景も、
夏山らしい素晴らしいものだったはずなのに、
「外輪山を歩いていれば、きっと見られたのに!」
と、どんどん心は僻みが強くなり、
登山はいつも私に人生を教えてくれる教科書のはずです。
今回の出来事には、一体どんな教えがあったのだろうかと考え込みました。
いつか剱岳にも登りたいと思っていました。
「もうやめよう。全部やめよう」
そんな自暴自棄な気持ちで登山口に戻ってきた私を、またしても慰めてくれたのは、
北海道や丹沢の大山山頂で見たような、
たくさんの夏のトンボたちが、海を背景に群れをなして飛翔していたのです。
その光景の美しさ、優しさ。
ぼーっと眺めているうちに、固まっていた心が
少しずつ解きほぐされていくようでした。
「鳥海山、やっぱり良い山だったなぁ・・・」
これからの計画はもう少し見直しが必要かもしないけれど、
今回の旅はミツバチに始まり、トンボに終わる旅でした。
自然に触れて救われるというのは、
そういう些細な出来事の中にこそあるのかもしれません。
ミツバチとチョウチョとトンボの共演に出会えただけでも、
今回の遠征は、素晴らしいものだったんじゃないかな。
下山を終えた今、そんなふうに振り返っています。
今日も心穏やかな素晴らしい一日となりますように。
願いを込めて。










