「春をのみ 待つらむ人に山里の」 ~日本人らしさと非相称性東京散歩~




 花をのみ待つらむ人に
 山里の雪まの
 草の春を
 見せばや


 "To those who only pray for the cherries to bloom,
 How I wish to show the spring
 That gleams from a patch of green
 In the midst of the show-covered mountain-village!"


 これは昔の茶の宗匠が、茶の湯の指導原理たる「さび」を最もよくいい表すものとして、あげた歌である。ここにはささやかな草の形を借りてかすかながら生の力の萌しが主張されている。目がある人ならば、そこに荒涼たる堆雪の下から春の芽ざしているのを、容易に認めることができよう。(略)これを芸術家の神秘感ということもできるであろう。

 日本の芸術に著しいいま一つの特色は非相称性(アシンメトリー)である。この観念はあきらかに馬遠の「一角」様式に由来している。もっとも、明白大胆な例は仏教寺院の建築物プランである。山門、法堂、仏殿などの主要な建築は一直線に建っているが、二次的または従属的の建物、ときとすればさらに重要な建物ですら主要な線の両翼として相称的に並べられるということはない。後者は地勢の特徴に応じて、不規則に分散させられることもある。山間の寺、たとえば日光廟などを訪れれば、容易にこの事実を納得するであろう。非相称性がこの種の日本建築の特色だということができる。





 
 この事はまた、茶室の構造に徴ても判る。少なくとも三種の様式で構成されているその天井や、茶道具のあるものや、庭の飛石の打ち方、沓脱の揃えかたなどを視よ。われわれは非相称性や不完全性や「一角」様式の例を見出すのである。

 日本の道徳学者たちは、日本の美術家たちがかように事物を非相称的に形成するのを好んで、慣習的な(というより幾何学的な)美術上の諸法則を排する傾向のあることを説明して、日本人はでしゃばることなく、つねに己を卑くするような道徳に慣されてきたし、また、かくして創られた自己滅却の心的習癖が自然と美術にもあわられ、たとえば重要な中央の空間を余白のままに残しておく、というようになったのだと論じている。自分の考えるところでは、この説はまtったく誤っている。日本人の芸術的天才が個々の事物をそれ自体で完全なるものとみると同時に、「一」に属する「多」の性質を体現するものとみる禅の方法に触発されたからだといった方がさらにもっともな説ではないか。






 鈴木大拙「禅と日本文化」から引用しました。

 ちなみに、極めて日本的な、非相称性を象徴する美しい建造物、桂離宮松琴亭の茶室はこちらをご参考ください。

 京都時空旅行(Space-time travel photo in Kyoto)

 基調講演1:表現者・堀口捨己──総合芸術の探求





 京都駅から軽く歩ける? 是非行ってみたいものですね!

 さて、土曜日はingressのアイテム集めに世田谷区の小田急線沿いを散策してきました。あの辺は青が優勢なんですね。(今だけかもですが)現在、L8ポータルばかりです。喜多見、狛江~登戸くらいまで真っ青です。

 私の大好きなお稲荷様も多くて楽しめました。また行こうかなぁ。いいなぁ、北見、狛江。

 で、帰りに思わぬ出会いがありました。








 
 亜細亜食堂 SAI★GON さんです。

 アジア風料理の居酒屋さん。何か店の前で剣道「kendo」をやっていました。

 楽しそうだったので私もお仲間に入れていただきました。


 


亜細亜食堂 SAI★GON Web SIte
SAIGON 気まぐれ市場




 なんか不思議な店なんですよね~

 日本と亜細亜からインドが合体? めちゃくちゃ節操ないんですが、ゴチャゴチャハチャメチャ感がかっこいいです。骨董品屋さんにも見えます。居酒屋というより、ber(バル)のようでもあります。ライブハウスのようでもあり、・・いえ、実際、今夜は劇団未成年の水島涼太さんのライブなのだと言っていました。

 なんだかわからいけど、落ち着く空間です。







 節操もありませんが。

 なんでしょう、この統制の無さ。

 これもアシンメトリーかしら。

 日本風亜細亜ンテイスト。迷い込んだみたい。

 神秘的。








 写真家の鈴木さんが梅酒ソーダをご馳走してくれました。

 鈴木さんが撮った中目黒と、芝公園の桜の写真を肴に

 写真について語ります。

 「こういう写真を撮れるのは、一生に一度だね」

 鈴木さんは中目黒の会社に長年勤めていて、

 (桜の時期は)目黒川で桜を見ながらお昼を食べていたのに、

 なかなか心に残る景色との出会いはなかったといいます。

 写真に映すことのできる景色と出会うのは、僅か一生に一度。

 神様が与えてくれた大切な機会だと教えてくれました。






 店の片隅のライブスペースでは今夜も誰かが弾き語り。

 仲間との楽しい時間をまた盛り上げてくれそうです。




 ふむふむ。

 なるほどね。何となくわかってきました。


 日本人は「間」というのかな、空間が好きなんですね。

 完全なものではなくて、不完全なものの中に、間を見る。

 間を活かす。間の中に、大切なものがある。

 仲間とかもそう。




 きっと。

 貴方と私もアシンメトリー。








 亜細亜食堂サイゴンさんの店の前でなぜか帯が売っていました。

 500円。うん。買ってくれば良かった。

 また、ぜひ行こうと思います。







 そんなこんなで、今日も無事終了です。喜多見遠征、楽しめました。

 ingress片手に、出会いの旅は続きそうです。


 そうそう、鈴木さんがもう一言。

 「写真は言葉で伝えられないことも、一目で、表すことが出来る」

 「心が出るんだよ」と。



 あー怖いですね。最近スマホで雑な写真ばかり撮ってしまっているので、

 もう少し心を込めて写真を撮っていきたいと思います。


 京都も頑張って撮りますよ~









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