みちのく紅葉巡り編④ ~弘前城と白神山地の夢咲案内人~



 11月3日、青森旅行もついに最終日となった。

 今日の予定は、白神山地の一角にある津軽国定公園の十二湖でブナの黄葉を鑑賞。
 3年前に知り合った十二湖ガイドさんと1年ぶりの再会。

 1年前の秋、今日のこの日にこの地にまた来ることを約束したのだった。

 この3日間のドタバタ ー秋田で冷たい目にあって、八幡平でダケカンバを見ながらオペラを聴いて、小岩井農場で20年前の記憶と対面し、夏泊で再会し、未来の日本を危惧して、蔦沼で森に還り、奥入瀬~十和田湖で太陽を追いかけてー それらは、すべてこの11月3日の約束から始まったことなのである。
 
 元気かなぁ。

 さて、十二湖に向かう前に、少し早起きして、弘前城公園へ向かう。朝の弘前城は夏泊で会った肥後氏のオススメである。

 今、桜の紅葉が綺麗だからね、十二湖に行く前に立ち寄るといいよ。




一瞬ダケカンバの葉かと思った。おそらくポプラの紅葉。

弘前城案内図

弘前城 お決まりの構図で

西濠の桜並木 若干天気が悪い、雨が降りそうだった

黄色く染まった桜の葉



 正直言うと、弘前城公園は端折(はしょ)るつもりだった。毎年青森に来るたびに寄っているので、今回はいいかな、という感じだ。もう飽きるほど見ている。知り尽くしたつもりでいたのである。

 ところが、知り尽くすどころか、こちらも1年ぶりの弘前公園は、すっかり土地勘を失って、はじめ自分が今どこにいるのか、どこへ向かっているのか、さっぱりわからない。
 
 意外だった。始めから妙だった。カーナビで弘前城を目的地にすると、キューブは西の郭の工業高校口に到着したのである。そこからして予想外だ。てっきり私は、弘前城の正面玄関である追手門(おおてもん)か、天守に一番近い東門の前あたりに到着するものだと思っていたのである。

 西濠は、私のブログやTwitterで、トレードマークにしている絵の場所である。その真ん前に着いたからには、まず西濠から見てやろうか、とも思ったが、思い直して、天守へ向かう。

 私の中では弘前城公園の主役はやはり天守なのである。初代津軽藩主の為信が津軽地方統一の暁に築城を決意した城である。現在の天守は3重3階層塔型構造で江戸時代に建築されたものであるが、現存する天守としては東北地方唯一、全国の城郭天守の中でも「現存12天守」に含まれる代表的なものである。小さい城だが、あの白亜の城が城内の2600本の桜に囲まれる景色を見るのが好きであった。

 ところがその大好きな、天守の方向(正確に言うと天守に向かう道の方向)が怪しいのである。まさか。ありえない。もうボケが始まったのだろうか。焦りながら、とりあえず奥へ、と歩いていくと、現れた樹齢300年の根上り銀杏、蓮池、桜、桜、桜の木。

 ああ見覚えあるな、と。記憶のヴェールを手繰り寄せ、辺りを見回して、またふらふらと先へ進み、すると、桜の木が立ち並ぶその景色の、とある箇所から、堰を切ったように過去の記憶が現れて、鮮明に、まるで猛スピードで俯瞰して行くように、全貌が現れて、その鮮明なこと、まるで昨日の出来事であるかのようなこと。

 しかも、その半分以上は、1年前の記憶ではなくて、20年以上前の旅の記憶だったものだから、驚かされるやら、感心するやら。

 そう、20年前、小岩井農場を訪れたあと、私は岩手から青森に北上して、弘前の民宿に止まったのだった。GWだというのに、寒い夜だった。寒くて、震えて、長く冷える夜をどう過ごそうかと困っていると、宿のおかみさんが、言ったのだ。「今日は桜まつりだよ。弘前城を案内しましょうか」

 あの夜の桜はそれは見事に満開だった。城内の2600本のソメイヨシノが一斉に咲き乱れていた。こんなにたくさんの夜桜を見たのは生まれて初めてだ。またその桜たちが灯りに照らされて、光り輝いて、それは美しく見えたのだった。心が弾んだ。寒い夜が吹き飛んだ。
 私は高揚した思いで、おかみさんに何度も言ったと思う。

 「綺麗ですね。綺麗ですね」

 彼女は私が旅立つ時、姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれたのだった。

 「そうよ。綺麗でしょう」

 あの夜は宿に帰るのが惜しかった。おかみさんと並んで歩きながら、私は何度も振り返って、夜桜を眺め、心に刻みつけた。

 あれは、夢のような夜だった。

 まさか、20年後にまたここに立っているとは、当時の私には想像もできなかった。
 で、今度は桜の時期ではなく、秋の、葉を染め、葉を落とした桜たちを見ている、というのがまた感慨深く感じられたのである。(地元の方なら当たり前の話であると思うが・・)
 どこが知り尽くしただか。桜の時期以外の姿をやっと見てあげることができた。巡る季節をやっと目の当たりにしているようだ。私自身の時計が動き始めたような思いさえする。

 ありがとうな。ありがとうな。

 私は桜の弘前城にお礼を言って、先へ進むのだ。さぁ、十二湖で人を待たせている。そろそろ行かなくては。県道31号、鰺ヶ沢線の松が目について仕方がない。早く、行かなくては。



 ・弘前公園 総合情報サイト 
 (散策コース、撮影ポイントなど便利な情報が掲載されています)
 ・地図で見る弘前公園



鰺ヶ沢街道 前方に岩木山発見

どーんと
岩木山神社に寄りたかったがこの先の角を右折

県道31号線(弘前鰺ヶ沢線)を通りがてら眺める
朝日が当たってほんのり赤い岩木山

道々にりんごの農園

青森のコンビニは野菜もいっぱい

海が見えた
途中雨に降られたが鯵ヶ沢に着く頃に止んだ

日本海をパノラマで

千畳敷辺り


 快調に飛ばして行く。約束は10時だ。この分だと楽勝だろう。
 鰺ヶ沢から日本海沿いの国道101号線(大間越街道)を走って、藩政時代に殿様の避暑地だったという千畳敷を越えた辺り、五能線の広戸駅から深浦駅の間くらいで、iPhoneがまた騒ぎ始めた。充電完了のお知らせを繰り返すという例のものだが、前回北海道旅行の時にルベシベの丘に導かれて味をしめた私は、またきょろきょろと辺りを見回し始めた。ふと発見した前方にある山道を登り始める。

 それはうまい具合にちょうど車一台分通れるほどの山道で(最後の方はすすきに前方を覆われて、車一台も怪しかったが)、窓を開けて走ると、鳥の鳴き声が響き、森の匂いがして、かなりいい気持ちになったものだが、残念ながら格別見所スポットという感じもない。ただの森である。そのままするすると森の小山を登って、何も現れぬまま、田んぼの真ん前に降りてきてしまった。(付近の民家の人々に不審な目で見られただけであった)
 ところが、この辺り、五能線の広戸~深浦間は、五能線の中で超がつくほどの有名撮影地なのだそうだ。観光ポスターの常連だとか。もしかしたらあの小山の上から海でも見られたのかもしれない。車を降りて、もっと注意深く撮影ポイントを探すべきだった、と後で後悔。

 五能線沿いをドライブする予定の方は、ぜひ広戸~深浦間の絶景ポイントを探してみて欲しい。

 ・なんちゃって撮影ガイド 


 また、深浦港では、桂月、という立て看板の文字が目に入ってキューブを止める。ふかうら文学館の前を通りかかったのだ。
 ふかうら文学館は、太宰治が泊まった秋田屋旅館を改築したもので、深浦にゆかりのある文人たちの紹介をしている。
 どうしようか、と悩みながら受付の上の古時計を見ると、9時25分だった。悩んでいる瞬間にアイフォンが高鳴った。背中を押されたように中に入る。

 20年前なら太宰の展示の間しか興味がなかったかもしれない。今日の私は太宰の間を大急ぎで(なおざりに)見て、桂月の間へ向かうのだ。特に興味を抱いたのが、桂月の旅路を記した日本地図だった。38歳から蔦温泉に本籍を移す56歳まで、あらゆるところを歩いているのである。すごいものだ。39歳の時、ほぼ(行脚を初めるようになって)初めて訪れた十和田湖(蔦温泉)に52歳の時15年ぶりに戻ってきて、56歳で腰を据えた。お酒が好きで特注のチューブで日本酒を吸いながら紀行文を書いていたとか、直筆のユーモアあふれる和歌だとか。じっくり見たらキリがないので早々に見て切り上げて、失礼にならないように受付のご婦人に時間がない旨を告げ、「少しでも見れて良かったです。今度またゆっくり寄りますから」と声を掛け、9時40分、飛び出した。

 ・太宰治の宿 ふかうら文学館


 そこから約束の十二湖駅まで18km、国道101号線、大間越街道を走りに走って、約束の時間を少し回った10時4分、十二湖駅に到着した。

 いや、焦った、焦った。途中、確か到着9km手前で待ち人の齋藤富士子さんに電話すると、すでに十二湖駅で待っているという。もしかしたら渋滞で遅れるかもしれないから途中で電話をする、と伝えておいたので、私はまだ彼女が自宅にいるものとばかり思い込んでいたのである。いや、焦った、焦った。昨日の肥後氏といい、今日の富士子氏といい、今回の青森旅行は人を待たせてばかりの旅となった。本当に申し訳なかった。

 (肥後氏、富士子さんごめんなさい。待っていてくれてありがとう)


 十二湖駅の前で大間越街道の左右をきょろきょろ見ながら待っていてくれた富士子さん。お詫びと懐かしい再会の挨拶をして、私と富士子さんの白神山地十二湖の散策が始まった。






小山を降りて広戸の田んぼの前に到着 普通に田舎の秋景色


ふかうら文学館に立ち寄って太宰の間と
桂月の間を見学


自然遺産白神山地の十二湖に到着すると、
富士子さん差し入れのおでんでお昼ご飯

デザートはブナの実
眩い黄葉がお出迎え

まずは十二湖荘へ 飲食店が少ない十二湖の周りでは貴重なお食事処です

ここが、熊がいる店で有名らしく

いました!ホントに熊 相方が何年前だかに亡くなってしまったそう
(熊のいる店の絵では2頭ですね)それから元気がないのだとか

王池 白鳥のボートが可愛い

池の水が驚くくらい澄んでいる

十二湖荘のご主人

写真を撮る私を待っていてくれる富士子さん

散策道の途中に小さな鳥居と祠が

日暮の池

ムラサキシキブ

こちらは仲道の池 十二湖は地震の山崩れで
川が堰き止められて出来た湖と言われている

大崩(標高694m)から見ると12湖に見えるが、
実際は十二湖ではなく、30以上の湖沼がある

真中に道があるから仲道の池というのだとか
この傍に推定樹齢300年程のブナが立っている



 白神山地は青森県南西部から秋田県北西部にまたがる広大な山地帯の総称だ。そのうちの原生的なブナ林で占められている区域が1993年12月に世界遺産に登録されて今年で20周年を迎えた。ちなみに、世界遺産といっても、白神山地は、自然遺産に分類されている。自然遺産は日本に3箇所しかなく、(屋久島、知床、白神山地)つまり白神山地は原生的なブナ林が残っている最後の地として、貴重な森、ということである。

 「役に立たなかったから残されたのよね」と富士子さんは笑う。
 (ブナが原生林のまま残されたのは、木質バイオマスとしての価値がなかったからである)役に立たないのもまんざら悪いことじゃないと言いたいようだ。それどこか、素晴らしいことであるかもしれない、と。


 富士子さんは白神山地案内人である。初めて白神山地、十二湖を訪れた時、彼女にガイドしてもらってから私は彼女のガイドっぷりをとても気に入って、リピーターとなっているのである。
 富士子さんは白神の森のことにとても詳しい。木の名前や由来、森の歩き方を教えてくれながら、いつも様々な場所へ導いてくれる。同じところを歩いたとしても、彼女と森の話をしながら歩いていると、それだけで楽しい。行くたびにいつも違う森の一面を見せてくれる。この森をとても愛しているのだ。(その思いが伝わってくる)それからとても明るい性格だ。(人見知りの私でも一辺に友達になってしまうほど)誰に対しても親しみ深くて、道をゆく誰もが彼女に出会うと、嬉しそうに微笑む。人も自然も、この場所のすべてが彼女の「仲間」である。
 
 去年までは、会うたびに明るい人だなぁ、とその朗らかさを半ば羨ましく見つめていたが、今年になると若干雰囲気が変わってきたようだ。観る側の主観のせいかもしれないが、笑顔が落ち着いてきたというか。今回の旅では、まるで菩薩の微笑みのように見えてしまった。

 もうひとつ褒めると、肌がつやつやのところが羨ましい。おそらく私より肌年齢が若い。こちらは主観だけではないようで、健康診断でも医師にお墨付きを頂いたようだ。肌ではなくて肺の話だったが、毎日白神の森の空気を吸っているせいか、内臓がめちゃくちゃ綺麗なのだそう。

 毎回いろんなことを教わる白神山地、十二湖の森のガイドツアーだが、今回私が富士子さんから教わったのは、森の木々たちの姿から、自分が学ぶ、もしくは人の世のあり方を知る、というものだった。


 

初めてガイドしてもらった時い見せてもらった樹齢300年のブナ
幹の途中から、神が降りる、と言われ、縁起がいいとされる三股になっている

木肌の模様が美しい

木に巻きついて陽のあたる高い場所まで伸びる蔓
装飾品のようにも見える

複雑で印象深く見える木の根元

こちらはコブがいっぱい

越口の池を通り過ぎたあたり

半分枯れて半分成長する木

見事に二分されている

枯れた親木が子供の木にもたれかかる

別の角度から 

白神山地案内人の齋藤富士子さん

綺麗な笑顔 菩薩様のよう

湿った場所に映える山菜のミズナ 瑞々しいからみずと呼ばれている

こちらはトチノキ(マロニエ)の紅葉 大きな葉が綺麗

こちらは湧壺の池


アップで撮ると綺麗な青色だった




ブナの黄葉 必死に撮っていると・・

隣の木と一緒に撮れば?と富士子さんよりアドバイス

こちらはまるで違う二本の木が寄り添って
一本の木のようになっている

富士子さんの後ろ姿
いざという時のために山の装備を持って

メインイベント? 今回一番楽しみにしていたブナ自然林へ

綺麗に染まってます


このブナ自然林はJRの広告に使われたスポットなのだそう


今度は青池へ

青インクを垂らしたような色と言われている青池

やはり綺麗 色も綺麗だし澄んでいる

ブナの黄葉のトンネルをくぐって・・



 たとえばカツラの木、カツラは親木(主幹)の周りに子供の木が数本生える。成長すると株立ちするものが多い。彼女が見せてくれたカツラは枯れた親木が子供の木(一番大きく育ったもの)にもたれかかるように倒れ、その木の色を失っていた。子供の木は倒れた親木をしっかりと受け止めながら、高く伸び、成長を続けているのである。

 木々にしがみつき巻きついて高く伸びる蔓、ブナとコナラはぴったりとくっ付いて一本の木のように見える。森の木々は自分だけが成長するのではない、頼るものに力を貸し、または互いに助け合って、一緒に成長していくのである。

 木の幹の半分から綺麗に二分されて、片方が枯れ、片方が生きている木があった。あれは何の木だったか、不思議なものでまじまじと見つめた。富士子さんは、「不思議でしょう。半分を枯れて失っても、ちゃんともう半分は生きて行くんだよ」。

 輝く黄葉をまとった一本のブナを必死で撮っていると、どうやって撮ったの?と液晶画面を覗き込む。富士子さんが言うには、「隣の木を一緒に撮るのよ」。
 一本だけ見ているよりも、隣の木と一緒に見たほうがいい時もある。隣の木と一緒に見ると、その(撮りたい)一本はどう見えるのか。隣(周りの木々)が見えるからこそ、その一本が印象深く見えるのだ、とか。

 富士子さんは毎日同じ森を歩いていて、よく飽きないかと訊かれるのだそうだ。
 「まったく飽きない。飽きる人の気がしれない。森から教わることがたくさんあるし、お客さんは毎日違うし」と笑っている。

 それはそうだよなぁ。ここが飽きるわけがない。
 私はすっかりこの白神の森に魅了されていたので、こんな森を毎日歩けるというのは、前世でどんないいことをしたのだかとため息をついてしまう。
 私も毎日歩きたい、と打ち明けると、富士子さんは、ではあなたも白神山地案内人になれば?という代わりに、こんなことを言うのである。

 「あなたは、カメラを持ってここにいるのがすごく似合うよ」

 そうかなぁ。カメラが似合うかなぁ。
 3日間のみちのく旅行中、ちっともみちのくの秋の景色を綺麗に撮れない、ほとほと才能のなさに呆れて、へこんでいたところだったので、素直に頷く気になれなかった。しかし、富士子さんにそう言われると、どうも白神の森の通行手形がこの情けないカメラの腕であるように思えてくるのだ。
 カメラをやっていなかったら、確かにこの出会いはなかった。ここにはたどり着かなかったわけだけれど。

 「じゃあ、私、(こんな森を毎日歩きたいから)ネイチャーカメラマンになります」

 思わず言ってしまった。今思うと、ネイチャーに限定することもなかったが、この時はそうした方がいいように思ったのである。
 すると、富士子さんは笑う。「写真を撮っているあなたが、一番あなたらしく見える。私が言うんだから、間違いないわよ」
 相変わらず菩薩のようなのである。




帰り道 中の池、堀口の池、

十二湖森の物産店キュロロ りんごをお土産に購入

富士子さんとツーショットを撮ってもらう

駐車場への帰り道 苔が綺麗


十二湖庵(茶室)の隣の長寿観音と清流
湧壺の池の水が流れて来ている

お抹茶を頂戴する

茶室の正面の落口の池(湧壺の池の水が落ちてくることから)

中の池



越口の池


最後の王池では・・

来ました! 十二湖荘の白鳥

ありがとう 富士子さん 十二湖の森 今年も楽しかった!



 白神山地に行ったなら、ぜひ富士子さんにガイドしてもらうことをおススメする。一人で歩けないこともないが、もし富士子さんが隣にいたら、あなたの人生がもっと豊かになること、請け合いである。


 ・白神なび (白神山地案内人のことも載っています)



キューブと記念撮影

日本キャニオンがチラリと見えた

こちらは秋田空港までの帰り道で見た海
青森と秋田の県境、須郷岬の手前辺り

パノラマで いい眺めでした

青い海はみんなの宝 青森県

キューブともそろそろお別れ


男鹿半島を通り越す
あっという間に日が暮れて

みちのくの旅のキューブの走行距離は766km

これから乗る飛行機が到着

霧のため出発が遅れる



 さて、みちのく紅葉巡り編もこれで終わりである。
 今回も楽しい旅だった。みちのくの秋は最強だった。もっとカメラの腕を上げて、次回はあの美しい景色をもっときちんと再現してあげたいものである。

 最後に特筆すべきことはなかっただろうか。いや、特にない。秋田空港まで行く間に気分が悪くなって、途中の道の駅で倒れ込んで動けなくなったくらいだろうか。年だからハードな旅がきつくなっているのだ。ドライブを楽しむのもいいが、少しは体をいたわって、次回からはもっと近い空港から帰りの飛行機に乗ってあげよう。

 そうそう、あと、これを言わなくては。東北楽天が優勝した。機体が羽田空港に着いた直後、機長のアナウンスが聞こえてきたのである。本日は霧のため出発が遅れて申し訳ありませんでした・・

 「つい先程、日本シリーズの第7戦に、田中選手が登板し、楽天ゴールデンイーグルスが優勝いたしました」

 機内がわっと湧いた。立ち上がって荷物を取り出そうとしていた乗客はみな動きを止め、アナウンスが終わると一斉に歓声を上げた。笑顔。拍手が鳴り響く。やった。おめでとう。

 あの時の嬉しさと言ったらなかった。マーくん、最後は勝ったのか。最後にチームで勝ったのか。よかったなぁ。よかったなぁ。
 私も満面の笑顔になり、笑い合う人々と共に、飛行機を降りていった。





 



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