読後ロス必至!圧倒的な筆力に酔いしれる「盤上の向日葵」
こんにちは!
人気女性ライバー・佐藤あいさんが、配信中に、刃物でメッタ刺しにされてお亡くなりになったそうです。襲ったのは女性ライバーの熱心なリスナーだった高野容疑者。
佐藤さんに200万以上のお金を貸していた高野容疑者は、自身は家賃3万円のアパートで慎ましく暮らしていたそうです。
いつも佐藤さんの配信を見ては、アパート中に響き渡る大笑いをしていたという高野容疑者。それだけが唯一の生き甲斐だったのではないでしょうか・・
そんな残念なニュースを聞きながら、私はまたしても読書をしていました。
高野容疑者の生き甲斐は人気ライバーでしたが、私の読んだ物語は、唯一の生き甲斐が将棋だったーー それがなければ生きていけなかった、哀しい男たちの物語でした。
盤上の向日葵(柚木裕子)
【あらすじ】
平成六年、夏。埼玉県の山中で白骨死体が発見された。遺留品は、名匠の将棋駒。叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志した新米刑事の佐野は、駒の足取りを追って日本各地に飛ぶ。折しも将棋界では、実業界から転身した異端の天才棋士・上条桂介が、世紀の一戦に挑もうとしていた――(Amazonより)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
松本清張の「砂の器」かと思いました。新人とベテランの刑事二人が日本各地を捜査して行く旅情あふれる刑事物語として始まるのですが、これ、帯にもありましたが、「それよりも衝撃的だった」。まさに砂の器を凌駕しているように感じられました。
全く、素晴らしかった。読み終わったあと暫く放心して、「盤上の向日葵ロス」になったほどです。圧倒的な筆力。主人公たちが実写となって、まざまざと浮かび上がってきます。
なぜ、この物語がこれほどまでに心に刺さったのか。
日本各地を巡る捜査の謎と並行して描かれるのが、棋士・上條佳介の哀しい生い立ちです。佳介は棋士の登竜門である奨励会に属さずにプロになった棋士(異端の革命家)。ベンチャー系の会社経営を引退した後、突然将棋を指し始めて、アマチュア資格で参加した初のプロ公式戦で新人王を獲得し、「炎の棋士」という異名がつきました。
彼がなぜ将棋を指し始めたのか。そして、どこで将棋を覚えて、なぜこれほどまでの腕前になったのか。こちらも謎を紐解くように描かれていきます。
佳介の将棋しかなかった貧しい子供時代・・、そして、将棋を指さないともはや生きていることさえ実感できなくなった大人になった佳介の人生が明らかになっていきます。
そして、佳介が伝説の真剣師・東明重慶と出会ってからがまた絶妙です。暗い目をした、似た者同士の二人の運命が、交錯して行く過程がたまりません。
最後に二人は事件の焦点ともなる名駒を使って真剣勝負をします。東明は言います。俺が勝ったら、「俺を殺して埋めてくれ」。人生最後の願いを賭けた物語のクライマックスです。
しかし、東明は最後にわざと負ける。そして、まさに「人生がままならないものである」ことを佳介に教え諭し、雄弁に語って、自ら死んでいくのです。
二人の絆に、男同士の孤独で哀しい物語に、圧倒されます。
佳介は東明の最後の思いに答えるように、月夜の中を土を掘り続けます。そして墓の中に、名駒を一緒に埋めることを忘れませんでした。餞別です。これさえあれば天国でなんとでもなるだろう、と想像したのです。
そして、大事なことは、佳介と東明が分かち合ったのは将棋だけではなかったということ。二人はお互いの罪をも共有したのです。
物語的にはネタバレになるのでこれ以上言えませんが、なんとも絶妙な謎解きとなる最後の回想シーンが圧巻です。物語の醍醐味が凝縮されています。佳介と透明のドラマを、彼らがどう人生の勝負を終えたのか、どう蹴りを付けたのか、ぜひ見ていただきたいと思います。
それにしても柚月裕子さん(作者)の筆力が素晴らしかった。情景描写、心理描写の巧みさもさることながら、静かで力強い文章で、孤独な人生の全てを書き出してしまうという・・。将棋の世界にも惹き込まれましたし、人生の裏街道で、ただ今日を生き延びるためだけに、魂を削りながら真剣の将棋を指す男たちにも魅了されました。
さらにラストの情景は、映画のワンシーンのように脳裏に焼き付いて、離れません。
なんという壮絶な最後であることか。
読み終わった感想は、もっと読みたかったというのが正直なところですね・・。終わってほしくなかった、読み続けたかった。それほど素晴らしい物語でした。
しばらくは盤上の向日葵ロスになりそうです。
これ、男の世界の物語です。女性がほとんど出てきません。男の勝負の世界、男の哀しい人生。良かったら男性陣にぜひ呼んでいただきたいですね。学ぶべきところが必ずあると思います。
そして、読んだら必ず、魂が震える、と想像します。
生きる上で、将棋しかないだなんて。なんて哀しい人生だろう。
佳介は何のために生まれてきたのだろう、とも思うこともありましたが、それでも、将棋のような、生を受けた使命のようなものがあった分だけ、佳介は幸せだったのかもしれませんね。
そして、初めのニュースに戻りますが。
人気女性ライバーの配信を聴いている時だけが輝いていた高野容疑者。
なぜその輝きを、メッタ刺しにして消えさせてしまったのか、残念な結末に心が痛みます。
女性の命と共に、容疑者の魂も無くなっていないことを願うばかりです。
では、今日も最後まで読んでいただきどうもありがとうございます。
素敵な時間を過ごされますよう。
願いを込めて。