働くことがイヤな人のための本。

 

 20年ほど前、哲学者の中島義道さんが、著書の「働くことがイヤな人のための本」の中で、「自分は雨が降った時に傘をさすのが嫌いだったからサラリーマンにならなかった」と書いていたように思う。他の著書だったかもしれないが、確か中島さんのセリフだったと思う。


 そうか。

 傘をさすのが嫌いな人はコツコツと働く人になれない(向かない)のだなぁ、と思ったものである。


 私は昔から傘をさすのが嫌いなのだった。雨の日はカッパで歩き回りたい。むしろ濡れても構わない。傘で手が塞がっていると不自由でしょうがないのだった。濡れても傘をさしたくないだなんて。そんなことを思う人間は、確かに働くことに向かないと言われても仕方ないような気がする。




 雨の中傘をささずに歩いていると、とにかく目立つのだった。
 働かない人間が、社会の中で目立つのと同じくらい、よく目立つのだった。

 なので、もっぱらさすようにはしている。濡れないために、と言うよりは、目立ちたくないために傘をさすようにしていると言っても良いくらいだ。




 だけど、小雨の時は、これくらいなら良いだろうと言う気持ちになる。小雨、霧雨、傘をさすかどうか微妙な時、そう言った時は、ささない。

 レインコートを着て、森の中を歩くのが楽しくて仕方がない。

 雨の森というのがまたとにかく綺麗なのである。
 葉も幹もしっとり濡れた木々、水滴をまとった下草。柔らかくふかふかになった土。 
 紫陽花でも咲いていようなら、美しさはさらに増すのだ。

 良いね、梅雨って、としみじみと思う。





 ところで、中島さんの「働くことがイヤな人のための本」は、若い時に熟読したような気がするが、発売日を見たらたかだか20年前なのだ(※)。そんな最近(私はアラフィフなので)まで、働くことがイヤだったのだなぁ、と自分で自分が可哀想になってしまった。

 本当に働くことがイヤで、この本を見たら何か救いが得られるような気がして、必死に読んでいたように思うからだ。
 
 30代でも大人になれていなかったんだなぁ、と思う。


 (※追記)よく見たら20年前の発売は文庫本だったので、私が持っていた本はやはり20年以上前のものかもしれない。




 今はあの当時よりは随分マシになったけれど、相変わらず、というより、昔より、傘をさすのは苦手になったように思う。
 むしろ今の方が、当時の中島さんの傘をさすのがイヤだったという若い頃の気持ちがよくわかってしまったりする。不思議なものだ。

 よく行く森の公園は雨になると、途端に人が少なくなるので、(というよりほぼ誰もいない)私一人が濡れて歩いていようが、ほとんど目立たないのである。

 なので、梅雨の美しさを満喫しながら、一人で自由に歩き回ることができるのであった。





 先日、50過ぎても結婚しないさとう珠緒さんというアイドルが、「自分にとって、自由は何物にも変えられない」というようなことをおっしゃっていたが、さとうさんももしかしたら傘をさすのが苦手な人間なのではないか、と疑ってしまう。

 少子化の問題もあるので、あまり言えないのだが、とさとうさんは言葉を濁していらした。確かに、そういう側面もあるので、難しい問題だが、そういえば、さとうさんも最近全くメディアに出てこなくなられたような気がする。まさか働くことがイヤになったのか、とニヤニヤしながら、自由を謳歌するさとうさんのインタビューを読んでいたりした。



 
 雨の森を傘をささずに歩くのは楽しい。まるでさとう珠緒さんみたいでもあるし、中島さんの若い時の気持ちもわかる。そう思ってしまう私が、いま、地道に働けているのは、ある傘を買ったこと、その傘との出会いが転機になったような気がする。

 お気に入りの傘をある時買ったのである。

 それまで、傘といえば安いものしか買わなかった私だが、ある時、とあることから傘の重要性を思い知って、ラルフローレンの高い傘を購入した。中古だったが、それでもそれまでの私からしたら相当高い買い物だった。

 その傘を使うようになってから、仕事運が上向きになったような気がしているのである。

 その傘を無くしたときは、仕事が切れる時だなぁ、と願を懸けるように、もしくは自らを追い込むように、そう思って大事にした。運良く傘は無くならなかった。(私はよくものを無くすのだが!)

 そうしたら、少しずつ働くことが楽になっていったような気がする。 

 


 
 楽しくはならないが、イヤではない。
 働くことが、楽になった。
 それでも、万々歳かもしれない。

 たまの休日はレインコートで梅雨の風情を楽しむのもいいが、せいぜい、普通の日々は、その愛用の傘を大事にしたいものだ。私には哲学者になる器量もないので、まだまだコツコツと働き続けなくてはならないだろうからだ。


 

 というわけで、今日も最後まで読んでいただきどうもありがとうございます。


 素敵な梅雨を過ごされますよう。

 願いを込めて。



 


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