見知らぬ森のうたかたの夢 もしくは 「郷土民家園へのお誘い」







  泉の森は、引地川の源である大和水源地を中心に広がる、大和市の自然の核として位置づけられている森です。

  美しい水の湧き出る引地川の源、大和水源地一帯の森は生きものたちの楽園です。水源を守るために保全されたクヌギ、コナラ等の繁る雑木林には、ドングリが葉陰から頭をのぞかせ、マユミ、ゴンスイ、ムラサキシキブの実が優美な色をたたえています。




  この谷からのけ反る木々たちにどうして心を惹き付けられるのか、訝ったものだ。どう見ても、ただの雑木林だった。

  小山の中腹をトラバースする遊歩道から谷側に身を乗り出して、私は何度も写真を撮った。設けられた柵の際に三脚を立て、負けじと身を乗り出した。

  あれは川の源泉だったのだ。

  あの谷から天に向けてそびえ立つ木々のあの地が、鵠沼に続く川の水を生成していた。

  なんという灯台もと暗しだろう。幼い頃に比べて、現在は川が近しいものではなくなったと本気で信じ、嘆いていた。

  心の拠り所にしていた、原点とも言うべき小さな森が、川の源流だとは思いもしなかった。


  なんという間抜けだろう。たった1回、森の名前を調べればすぐにわかったことなのに、なのに長いあいだ、ただの雑木林に入れ込む理由が理解できずに悶々とした。熱心にあの森の木を撮る私はさも物珍しげに問われたものだ。


 「鳥でもいるの?」

  鳴き声もない時はこうだ。「ねぇ。何を、撮っているの?」



 「楢の木です」


  答えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど、うんざりするほど問いかけられた。いや、問だけで言えば実際は2、3回だったかもしれない。
  それでも好奇の一瞥は痛いほどに感じたのだった。



  小さなあの場所から、海へと続く水の軌跡を見つけたときには、心底、叫び出したい思いがした。見よ、この地図を!


  もう二度と、好奇の目など向けさせやしないだろう!


  ここから、川が生まれている。ここに、こちら側と、向こう側を分け隔てている、源がある。
  



  ところでその引地川は二級河川だそうだ。一級だの二級だの、川にもランクがあるのか、ならば今度は「たかが二級河川の源流じゃないか」と問われそうではあるものの、二級水系の川はウィキペディアによると太文字でこう強調されている。



 「公共の利害に重要な関係がある水系」 










  公共の利害に重要な関係がある二級河川の源流の森。私の心の拠り所、私の原点の小さな森。ところが、今日はさっぱり見覚えがないのだった。何度も三脚を立てたあの場所がわからない。谷からのけぞる木々が違って見える。天高い枝の先には黒いカラスが5羽から6羽止まって、騒がしく鳴き続けている。


  空々しい景色。久しぶりに訪れたことをなじるような見知らぬ景色。小鳥も昆虫も姿を見せぬ、ただカラスが鳴くだけの音のない世界。


  それで、すっかり、しょげてしまった。





  森のせいだろうか。それともやはり私のせいだろうか。






 「公共の利害に重要な関係がある水系」 






  ここからすべてが始まる気がする。












  森の西奥には「郷土民家園」がある。江戸時代に建てられた古民家が2棟ある。移築復元されたその家に初めて上がった。ここも何度も訪れている場所だ。なのに不思議なことに、靴を脱いできちんと上がり、装飾品や中の様子を写真に収めようと試みるのは初めてだった。





  夏の暑い日、茅葺きの民家に入ったときの涼しさは、現在の家屋では到底味わうことはできません。ザシキで寝転がったり、外縁に腰掛けてボケーっとするのもよいのでは。そんな雰囲気に浸りたい方はぜひおいでください。





江戸時代中頃(18世紀前半)に建設された旧小川家住宅。

住宅の前に鬼灯が群生している。

終わりかけの紫陽花。民家園は桜に梅に蝋梅に藤に・・様々な季節の花が咲く。

小川家の土間。

神棚。

天井。

土間に展示されている当時の日用品。


これは民家に合わせて作った明かりだろうか。どう見ても江戸時代ではないようだ。

風が抜けて気持ちがいい。


土間にあった草履。

季節ごとに(民家園の裏で採れた)野菜を干している。

19世紀中頃に作られた旧北島家の庭に面した空間。

足を伸ばしてゆったりさせてもらう。





  庭に面した床に座って足を伸ばしている時、ふと私の中にひとつの景色が生まれたのだった。

  撮る空間からここがいる空間になった未来の景色。夢想とは言い難い、形付けられた、近い将来の一場面。

  時刻はそろそろ夕刻だった。空が暗くなってきた。一雨来そうだ。仕事を終えた私は、すべてを洗い流す夕立を待つような思いでいる。山間の家。ほど近い田畑に水の流れ。膝の上には猫。庭先の楢の木が靡いてざわめいている。風が熱した体を通って気持ちが良かった。



  いいなぁ。こんなふうに年をとるのもいいなぁ。



  思いがけない未来を感じて、嵐と夏の熱さに痛めつけられた世界は束の間の休息を味わっている。あと少し・・あともう少し。目を閉じて、たぐり寄せるように時を見つめる私を小さな少年が起こしていく。

 「わぁ、びっくりした」

  まさか人がいるとは思わなかったのだろう。

 「江戸時代の家だよ・・」

  障子の向こう、家の説明を始める父親の処へ、少年は踵を返した。その一瞬手前に、不思議そうな、笑いかけるようなまなざしを私に与えて、この一時の景色から姿を消した。




19世紀中頃に作られた旧北島家にかかっていた時計。

民家園の庭で。小さなシジミ蝶が三つ葉に止まっていた。

緑のかけ橋から続く東側の遊歩道。

緑のかけ橋。米マツを利用した斜張橋。建設省による「手づくり郷土賞」と、
アメリカ木造協会木橋部会の「木造橋賞歩道橋部門」で第1位を獲得している。

せせらぎ広場。水流は水源地から続いている。

国道246ガード下にがんばろう東北と日本の幕が。

子供の忘れ物らしきサングラス。

スタート地点に戻りました。今日も楽しい散歩をありがとう。






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