「そろそろ帰ろうか」が遅すぎた理由。「木の上の軍隊」感想文。
こんばんは。
週に一度のアマプラ鑑賞会。
今回は戦後30年を記念した反戦映画、「木の上の軍隊」を観ました。
アメリカが戦争を始めた翌日、このタイミングで観ると何か感じ入ることがあるかもしれない、と期待したのですが、これが・・・
「反戦映画」というよりは、うちなんちゅ(沖縄人)から本土の「告発物語」とでもいうのでしょうか・・
いや、怖かった。
※この後は、ネタバレを含みます。未見の方はご注意ください。
「木の上の軍隊」
原案:井上ひさし 監督・脚本:平一紘
出演:山田裕貴、堤真一、津波竜斗
【あらすじ】
太平洋戦争末期の1945年。沖縄県伊江島に米軍が侵攻し、激しい攻防の末に島は壊滅的な状況に陥っていた。宮崎から派兵された山下一雄少尉と沖縄出身の新兵・安慶名セイジュンは敵の銃撃に追い詰められ、大きなガジュマルの木の上に身を潜める。圧倒的な戦力の差を目の当たりにした山下は、援軍が来るまでその場で待機することに。戦闘経験豊富で厳格な上官・山下と、島から出た経験がなくどこか呑気な安慶名は、噛みあわない会話を交わしながらも2人きりで恐怖と飢えに耐え続ける。やがて戦争は終結するが2人はその事実を知るすべもなく、木の上で“孤独な戦争”を続ける。
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・「敵にもっと怒れ!」と叫ぶ上官(日本人)と新兵(沖縄人)の会話劇
激戦を生き延びて、敵の目を逃れて木の上で暮らす上官と新兵の物語です。
上官は典型的な日本軍人。敵に怒りを持ち、生き恥を晒すくらいなら投降せずこのままでいいと思っています。
新兵はおっとりしたうちなんちゅ。家に帰りたいと切実に思っていますが、怖い上官の「作戦遂行」に従って上官を支え続けます。
この上官(ツッコミ)と新兵(ボケ)のやりとりにコメディの要素があるとレビューで見たのですが、とんでもないです。
コメディどころか、皮肉が突き刺さって怖いほどです。
そして、どちらかというと、上官・山下がボケです。
なんとまぁ鈍い、絶望的に鈍感で残酷な人間として描かれているではないですか。
山下は新兵の安慶名セイジュンの名前すら覚えようとせず、オマエと呼び、そして上官の論理を振りかざして敵(アメリカ兵)を憎ませていたくせに、次第に敵の残飯を食べ、酒を飲みタバコをふかして、見る影もなく堕落していきます。
その姿に苛立ちを覚えて、吐き捨てるセイジュン。
「最近、笑顔が増えましたね」
敵への怒りを失っていったことに恐ろしいツッコミを入れるのです。
井上ひさしさんの原案というから「真面目なことを面白く」描いたお話かと少し期待してしまったせいもあると思いますが。
監督・脚本は沖縄出身の36歳の若い平一紘さん。
笑う要素はなく、むしろ真面目に描かれています。
ですが、沖縄の方が書いた反戦映画だから意味があったのだろうと思います。
・二つの絶望的なシーンで本土を打ちのめす
印象的なシーンが二つあります。
戦争が終わって2年が経ち、アメリカ兵の残飯を探している地元人(うちなんちゅ)にたまたま出会った山下がこう言います。
「酷い目にあって、かわいそうに・・」
すると、うちなんちゅが顔を歪ませて笑うのです。「前よりはマシだよ」
鈍い山下にも、意味が通じたのか、きょとんとする表情に・・・
そしてももう一つのシーンはラストです。
セイジュンは戦争を経て変わってしまった自分と沖縄の島に悲しみを感じます。
「何もかも変わってしまった。僕には帰る場所さえ無い」
最後に海が見たいと死ぬ覚悟すらしている・・・
そこに、鈍い軍人の山下が駆けて現れます。
「安慶名・・安慶名・・安慶名・・安慶名・・安慶名・・安慶名」
とやっと覚えたセイジュンの苗字を連呼しながら。
身勝手な信念をやっと捨てて、セイジュンのために言うのです。
「そろそろ帰ろうか」
泣きながらのドヤ顔です。
それもそのはず、彼はやっとの思いでその言葉を口にしたのですから。
しかし、一度壊れた心も島も元には戻りません。
どこにも帰る場所なんてない。
セイジュンは絶望的な笑顔を見せて、
そして、パソコンが強制終了するように物語は暗転してしまう。
恐ろしいラストです。
絶望的に分かり合えない日本と沖縄の姿を見るようでした。
今もし、イランの誰かがこの映画を見たなら・・・
たとえトランプ大統領が終戦宣言をして、「これで何もかも良くなった!」
と叫んだとしても、壊れた町も失った人々も元には戻りません。
沖縄から見た本土の身勝手さを通じて、
ついイランから見たアメリカの身勝手さを感じてしまった著者でした・・・
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今日も心穏やかな一日となりますように。
願いを込めて。


