自己責任と熊ストップ 〜自然の調和に思いをはせる〜



「熊が出るので、通行できなくなったんですよ」
北山崎園地のおみやげ屋の女主人が、気の毒そうな顔をして言った。直前に降り出た雨は、濃霧とあいまって、特Aの景勝地を灰色に染めている。
「今、第一展望台の下はロープが張られています」

もし、それでもGO(行く)するならば、その時は・・・

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ポケモンGOのブームはすでに終わった。のだそうだ、ここ2週間程で、持ち上げたりこきおろしたり、いろんなニュースを目にして驚いていたら、もうオワコンだという新ニュースを読んでさらに驚いた。もう終わったか。人はいろんなことをいうものである。(誰かの評価はあてにならない)自分でやってみて、嫌なら辞めたらいいものを。その初めの一歩がなかなか・・スマホがないとか、ゲームが嫌いとか、機会もなければ時間がないとか・・そもそもやりたくないから、とか。まぁ、ポケモンに限らず、人はいろんなことに言い訳をしながら生きている。(選択の繰り返しだ)

思わず言い訳をしそうな悪条件に見舞われた先週末、三陸でいちばん評価の高い景勝地、田野畑村の「北山崎」に出かけてきた。

北山崎は財団法人日本交通公社の「観光資源評価海岸の部」で国内唯一の特A級(最高ランク)と認定されたのだそうだ。ふむふむ、三陸リアス式海岸の絶景の親玉か、と知ったかぶりに思っていたら、なんと北山崎はリアス式海岸とは呼ばれない、地盤沈降や海面上昇によってできるリアス式海岸とは異なり、北山崎の200メートルにもおよぶ垂直の断崖は、地盤隆起と海面低下によってできた隆起海岸なのである。リアス式のまさに真逆の海岸段丘というわけである。

ああ、そうだったのか。ニュースによく出てくるポケモンGO(やってない)のコメンテーターばりの勘違いをしていた。ああ、恥ずかしい。しかし、これで少しは私もものが言える。ポケモンはジムでボコボコにされているが、一応経験済みである、北山崎についてもポケモンレベルくらいの(多少お寒い)コメントなら許されるかもしれない。


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(この下は余談なので、次の☆☆・・まで飛ばしてください)

ところでポケモンGOのポケモンが出てくるポケストップというのは、イングレスのポータルを転用したものである。似たような位置情報を利用するゲームだ。私は岩手県に来たときに、岩手県が行政をあげて、町おこしにイングレスを活用しているのを見て嬉しくなったものである。私がイングレスを好きなのは、ゲームそのものよりも、そこに理由があったのだ。イングレスが、人々から忘れ去られていた場所やものに、新しい光をあてる=もしくは人を呼ぶ、ことができるゲームだ、ということが大きかった。
ポータル(=忘れ去られた場所やもの)は、ポケストップになったことによって、さらにポワーアップした。今まで誰もいなかった(私しか訪れる人がいなかった)その場所に、子供達や大人達がわらわらと集まっているのを見て、どれだけホッとしたことだろう。イングレスやめようかな、(今ならやめても大丈夫、ポータルには必ず人々がやってくる)とつい思ったほどである。

そもそも日本人は霊(もしくは悪霊)をなだめるために、あれだけたくさんの石碑や地蔵や祠や寺社を建てた民族だというのに、現代ではゲームに頼らなければ誰もいかない、とはどういうことだろう。誰も・・は言い過ぎだとしても、管理者に丸投げという印象は否めない。
私はポータルをほったらかしにすると、ご先祖さまや地域の神々を粗末にしているような感覚に陥ってしまうのである。ポータルには石碑や寺社や地域ゆかりの歴史深いものが多い。戦後の日本の発展に一役かった「無駄なもの」が多い。なのに(だから)忘れられている。ポケモンGOをけなしている人は、おそらくご先祖も粗末にしているに違いないとか。一部のメジャーな観光地と都会ばかりを大切にして、A級だというのに人を呼べなくなった景勝地(素晴らしい地方の意)をないがしろにしているに違いないとか。ポケストップ(ポータル)と日本の歴史と地方の実情を関連付けて連想しないあたりに、もしくは無駄ものを排除しまくる個人的功利主義のあたりに、センスのなさを感じるのである。(「ゲームで町おこし」の岩手県の方がカッコイイ)

ルネッサンスはゲーム(本気の遊び)からやってくる、何にも考えずにさ、全てをゲームにしちゃおうよ、・・・・と、いうのはテレビドラマからの受け売りだが、本当にそんな感じがしてきている昨今、北山崎の熊が行くてを阻んだ。行くと熊が出ますよ。
「もし行くならば、自己責任で」。


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北山崎園地の雨と濃霧のモノクロの中を歩いて、最後に北山崎ビジターセンターにたどり着いた。計画では、北山崎から海岸沿いの遊歩道を12キロ近く北に歩いて黒崎に行く予定だったが、遊歩道はおろか展望台まで行くのも自己責任だという。先が思いやられる。情報館ビジターセンターで作戦会議をする。
「自然遊歩道は歩く人が少ないので多少道が荒れています。そういう意味では危ないですので、一般の方にはお勧めしません。でも昨日も歩いた人がいました。それなりの装備をしていれば大丈夫だと思います」
ビジターセンターの職員のお兄さんが(私たちの装備を確認して)後押しするように勧めてくれる。黒崎までの地図をコピーを下さった。何度か行こうかやめようかとビジターセンターの周りをうろうろする度に、このお兄さんの視線を感じたものである。あの人たち行くのかなぁ、やっぱり行かないのかなぁ・・と気にされているご様子。終点の黒崎側の黒崎荘の職員の方は「やめたほうがいい、通れません、熊がいますから」とキッパリ断言したのだが。

ちなみに、北山崎ビジターセンターは北山崎の自然を勉強したり疑似体験したりできる。大きなスクリーンで、一年を通しての北山崎の風景を見せてくれる。また、館内の木のテーブルと椅子のあるゆったりしたスペースでは、貝殻や浜辺の小石を使ってのクラフト体験コーナーがあり、ちょうど訪れた時も、家族連れの方がカラフルで可愛らしい表札(名札)を作られていた。子供達の真剣な面持ちが微笑ましかった。







■第一展望台からの眺め。
森を歩くのはやめようかと考えながらとりあえず、第一展望台へ。特Aの景勝地も台無しかと思われるほど、初めは濃霧(三陸の夏特有のヤマセ)で霞んで、ほぼモノクロの景観だった。太平洋と空が交わる水平線だけがかろうじて鮮やかなブルーに染まってる限りである。
ところが、時間が経つにつれて徐々に霧が晴れて来た。水平線のブルーは雲と交わるように白く輝き始め、灰色だった海面が今度は鮮やかなブルーに変貌していくのである。これはすごい。みるみるうちに第一展望台は観光者でいっぱいになる。バスが着いたのだ。観光スポットらしくなってきた。あちらこちらで記念撮影。そして、誰かがポツリと言う。
「これは、綺麗だね・・」いつも来ている方らしく、「こんな綺麗に海が見えたのは初めてだ・・」
いい時に来て良かった。北山崎特有のヤマセも、青空の景観も1日に両方見れたようだ。








■第二展望台からの眺め。
モノクロの第一展望台の眺めを見た後、自己責任で向かった。熊鈴を鳴らしていたが、ロープをくぐって363段の階段を下りていく時は少し怖かった。本当はこの下、718段下に高低差200mの波打ち際まで行ける最終展望地点があるそうだ。こちらも自己責任なら行っても良かったのかもしれない。(なぜか入り口を見逃してしまった)
第二展望台からの景色は、断崖絶壁が近くに迫ってきてなかなかの迫力だ。かつてそのてっぺん辺りが海面だったと思われる岩(島々)や、160メートル越えの断崖の縦の亀裂に横の縞模様がくっきりと見ることができた。遠くには、矢越岬(海食洞と呼ばれる穴のあいた岩)や本州最東端の魹ヶ崎、まだヤマセに煙っていたがこちらも見られた。







■第三展望台からの眺め。
また雰囲気の違った景観が楽しめる。こちらは海岸段丘が目の前に迫り、丘陵地帯の自然の造形美を楽しむことができた。

さて、第三展望台の後は、そろそろと自然遊歩道へと向かう。熊鈴を騒がしく鳴らしながら、自己責任で熊との対決である。

ところで、第一展望台でソニーのα5000でパノラマ写真を撮っていたら、見ず知らずのご夫妻に声をかけられた。「パノラマ撮れるんですか?」
最近パノラマはアイフォンではなく、ミラーレス一眼のソニーで撮っている。
「このカメラいいですよ、3万円台なんですが、ミラーレス一眼レフで・・(機能を褒める)この値段では考えられません。後継機種もありますが、こちらがお得でおすすめです」
「ふんふん」旦那様、後からメモ用紙を持って戻ってきて、「なんてカメラでしたっけ?」
やはり海の景勝地はパノラマで撮りたくなるのかもしれない。(どうしたって収まりきれない)








■黒崎までの自然遊歩道。

第三展望台から北へ進んで黒崎方面の遊歩道へと向かう。自然の中に入ると、そろそろとヤンコフスキーの「森を歩こう」が流れてくる。こうなってくると、森(自然の遊歩道)の散歩は見るもの出会うもの全てがキラキラとして、楽しくてたまらなくなってくる。


熊に壊された標識に遭遇。見事にアタックしたものだ。



地質の断面がむき出しになり面持ちのある遊歩道。初めは道がしっかりしているが、次第に森深くなっていった。




小さな沢を何度も横断して、苔むす岩場の横を登っていく。




何度も壊れた標識に出くわす。かろうじて黒崎方面が読み取れたが、ついに、方向はわからず、棒だけが残っている状態に。





これも海面が隆起したものか?岩の亀裂と横縞模様が美しい岩が様々に出てくる。


またしても壊れた標識。かろうじて黒崎荘方面が読み取れる。



ついに標識の棒も破壊された模様。


温かいお茶で休憩。


海だったからこそか?通常は森にはない丸い石を発見。



輝く森たち。



三陸海岸公園のキャラクター? 波をモチーフにしたゆるキャラ的な絵も無残な姿に。


ベンチも熊の敵意に遭った様子。







カモシカの足跡を見た。タヌキは遊歩道を横切って駆けていく。雨上がりの植物の葉は水滴が輝き、落ち葉の絨毯は濡れてふかふかのクッションになっている。




天候、体調、人的な事件に熊注意報、いろんな悪条件が重なった今回の散歩で、教訓になったこと。思えば、よく歩いたものである。作戦会議の時に、帰ることもできたのに黒崎まで歩こうと思ったのは、単純に森を歩きたいという意思。やめよう、という言い出す人がいなかったこと。(自分たちなら)できますよ、と後押ししてくれたスタッフの方がいてくれたこと。熊鈴を避けてくれた熊にカモシカ、(人のみならず)自然の協力があったこと。最後には森に日が差し込んで、天候も味方してくれたようである。一人では遊べないんだなぁ。ゲームも全ての調和があってこそ生まれるのかもしれない。


それにしても驚かされたのは、熊の執拗な敵意だった。遊歩道の標識やベンチ、人間のために作られたのもをことごとく破壊しているのである。こんなの初めて見た。私が今まで行った山や遊歩道、景勝地では「熊が出ますよ」、とは聞くものの、熊が人間用のもの・・人間の匂いがついたものを壊した、という現場跡は見たことがなかった。凶暴な変わり者の一頭が全てをやったというわけではないようで、右利きの右から破壊された標識と、左利きの左から破壊された標識がある。北山崎の山の熊は最低でも二頭人間を憎んでいるわけである。
初めは、よくやるなぁ、と好奇心で見ていた私も、次第に考え込まざるをえなくなってきた。見るもの見るもの人間のものは全て破壊されている。二頭どころか、この地の森の熊はことごとく人間を嫌っているようだ。森の王者に嫌われるということは、森自体に拒否されているようではないか。
よく熊に襲われた方のニュースがあるが、あれは魹ヶ崎の佐々木さんに聞いた話では、熊の住処(陣地)に人間がうっかり侵入するから悪いんだという話だった。もしくは、人間が熊の好きなタケノコとか餌を全部(熊の分まで)取ってしまうからなおさら悪い。だが、北山崎の遊歩道は熊のねぐらというわけでもないし、熊の餌を取った方がいるというわけでもないようだ。なにせ、ほったらかしの荒れ放題の遊歩道、むしろ人間はいないだろうに、どうして人間を憎むのか。執拗に人間の標識やベンチを壊すのか。そう思ったら、私は少なからず衝撃を受けてしまったのである。

逆に、人間が来ないからじゃないのかなぁ、などと。もう人間用の遊歩道ではなくなりつつあるのかもしれない。「来ないくせにいらんもん立てやがって」と熊のいらだつ声が聞こえてきそうだ。甘かったかもしれない。人間と自然の調和として生まれた遊歩道が、そこまで自然だけに帰化する途中だとは思わなかった。ここも忘れ去られたポータル(ポケストップ)の一つだ、熊が出るから通れません、と言い切る人がいることも頷ける。

それでも(だからこそ)、無事に12キロメートルの遊歩道を散歩できたことは、なおさら意味のあることだったように思う。熊に感謝。(&ごめんなさい)「いけますよ」と言ってくれたスタッフにも感謝したいと思う。貴重な森散歩だった。



■断崖の美しさ〜黒崎へラストスパート

遊歩道の12キロのコースで一箇所だけ、唯一の展望スポットがあり、(北山崎から8キロ歩いたくらいのところ)その展望スポットから「自己責任で」見た断崖がまた素晴らしい眺望だった。
長い、長い年月をかけて作られたと思われる象の鼻のような断崖の隆起、その数十メートル隣りには亀裂深く長い谷間があったりと、まさに自然の造形の稀有と豊かさに息を飲む。海岸段丘の地殻の迫力に見惚れてしまう。見下ろすと、深い白い幕がかかったように海が広がり、海底の深いブルーが透けて見えているようだ。また水平線に目をやれば、ヤマセで霞む(というよりもくもくと煙っている)情景が、なんとも言えず美しい。写真がお粗末で申し訳ないが、本物はもっと綺麗なので、散歩される方はこの唯一の展望スポットを見逃さないように堪能していただきたいと思う。木々の隙間からも(若干枝が邪魔だが)断崖が見えます。







カエデ類の葉も綺麗。紅葉の秋もいいだろうなぁ、と想像した。


まさに人間の手垢がついていない美しい森。(人間の手垢→熊が破壊)



熊の破壊作品。北山崎 黒崎荘の方向はわかる。


森に差し込む雨上がりの光が神秘的な雰囲気だった。


何メートルか、黒崎荘までの距離が見えない標識。


「陸中海岸自然歩道」も熊の敵意でかたなし状態に。思えばこの破壊によって、なおさら特Aの付加価値・・・もとい希少価値は増しているのだろうが。

訪れる人は熊鈴持参でよくよく注意するようにしていただきたい。小さなお子様連れや単独は危ないと思います。




断崖展望スポットの休憩スペースで2度目の休憩。1時間から1.5時間に1回の休憩を取り、2回の休憩で4時間かけて歩いた。熊ショックの後も、ヤンコフスキーは流れてきたし、断崖の眺望は楽しめたし、あっという間に感じられた森散歩だった。面白かったのは遊歩道の後半〜ラストのこと、「北山崎まで ○キロメートル」という標識を例によって「人間コンチクショー」の熊さまがことごとく破壊して、ちょうど距離の部分だけが見えなくなっていたことである。黒崎まであと何キロか? 道中ことごとくわからない。おかげで、え、あと○キロもあるの? とげっそりしなくて済んだ。





■黒崎荘の方に褒められる。「武勇伝?」

さて、最後である。森の中に、ふいに黒崎荘が見えるときの驚きと言ったら、ない。
目は緑に慣れているし、黒崎荘というから山荘を連想していたらしい。それが、ふいに巨大なハコモノらしきグレーのコンクリが登場するので、ついぎょっとするのである。自然に帰化した遊歩道にそぐわない登場の仕方である。しばし驚いてから、ああ、ついたのね、と納得して、まずはトイレ。それから黒崎荘のフロントの方としばしおしゃべり。

「へっ? 北山崎から歩いてきたんですか。あの遊歩道を?」
50代くらいの男性フロントマンの方、思わず目を丸くする。
「はぁ。(昨日も歩いた方がいたそうですよ)」
「それはそれは」とここで一瞬間をおいて、
「よく歩きましたね〜」とにっこり笑う。
にやにや、の間違いかも? 物好きだなぁという顔つきになっていた。よくいえば、やるなぁ、という感じ。どちらにせよ、かなり褒められた感があり、最近遊歩道を歩いた方とこのフロントマンの方がたまたま遭遇していなかっただけかもしれないが、それでも一瞬誇らしい思いがしたのは確かである。北山崎ビジターセンターのスタッフの「行けますよ」という期待にも応えたという満足感も合わせて襲ってきた。肩の力が落ちる。無事で良かった。今日も無事森散歩を楽しめた。自然と楽しく遊んで、ついでにメタボ解消したい方には是非オススメの遊歩道である。



北緯40度のシンボル塔。地球の平和と繁栄の願いが込められたものだそう。


伊能忠敬測量記念碑がある。1801年11月10日に黒崎に到着。すごいなぁ、計測するために日本中を歩いたんだなぁ。


黒崎御台場砲台跡。南部藩の沿岸警備の砲台だった。南部藩は戊辰戦争では幕軍として、この御台場から北航してくる官軍船隊を狙い撃ちしたのだとか。



断崖130メートルに立つ可愛らしい白亜の黒崎灯台。
そしてすべては一巡する、といった感じに、景色は朝の煙ったヤマセに包まれる断崖に逆戻り。もう数時間もすれば日が落ちる。わずかにスカイブルーの水平線を見て、平和な1日に感謝。今日もありがとうございます。いい1日だった!楽しかったです。




カリヨンの鐘。カップルで鳴らすと幸せになれるという。



■そして、帰りに宮古で海王丸(ライトアップ)を見る。

1日の締めくくりに、3日限定で宮古港に寄港中の海王丸を見る。全長110メートル、重量2556トン。海王丸は日本の大型練習帆船。170名の実習生と乗員らを乗せて、開港訓練の一環として宮古港入港した。宮古港に入港するのは実に25年ぶりだそうだ。帆が張られていないのが残念だが、貴重な入港の一般公開を見れて良かった。



■最後に


大正14年、三陸を旅行中の宮沢賢治が田野畑村に立ち寄った。平井賀漁港から発動機船に乗って宮古港に向かったという。その時に読んだ発動機船二、三というシリーズの歌がある。津波にも耐えた(もしくは津波で失くなったがのちに見つかった)発動機船の歌碑の話も興味深いが、その賢治が田野畑の断崖真下を船で渡っている歌がなかなかいい(情景が目に浮かぶ)のである。遊歩道から眺めていたあの断崖の下を船で旅するのもいいものだろう。観光に数時間遊覧するのではなく、1月の真冬の最中、発動機船の船旅であった。おそらく不便だったのだろうが、自然と調和する生活というのはこういうものなんだろう、と昔の浪漫に思いをはせる。



 発動機船 第二  宮沢賢治

船長は一人の手下を従へて
手を腰にあて
たうたうたうたう尖ったくらいラッパを吹く
さっき一点赤いあかりをふってゐた
その崖上の望楼にむかひ
さながら挑戦の姿勢をとって
つゞけて鉛のラッパを吹き
たうたうたうたう

いきなり崖のま下から
一隻伝馬がすべってくる
船長はぴたとラッパをとめ
そこらの水はゆらゆらゆれて
何かをかしな燐光を出し
近づいて来る伝馬には
木ぼりのやうな巨きな人が
十人ちかく乗ってゐる

たちまち船は櫓をおさめ
そこらの波をゆらゆら燃した
たうたうこっちにつきあたる
へさきの二人が両手を添へて
鉛いろした樽を出す
こっちは三人 それをかゝへて甲板にとり
も一つそれをかゝえてとれば
向ふの残りの九人の影は
もうほんものの石彫のやう
じっとうごかず座ってゐた
どこを見るのかわからない
船長は銀貨をわたし
エンヂンはまたぽつぽつ云ふ
沖はいちめんまっ白で
シリウスの上では
一つの氷雪がしづかに溶け
水平線のま上では
乱積雲の一むらが
水の向ふのかなしみを
わづかに甘く咀嚼する


こちらのウェブサイトより



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