夢路のドライブ 北海道旅行編② ~空のトンボとペンギンと~



 
 千歳空港を離れてしばらくは、私の住む町と何ら変わり映えのない道の風景も、岩見沢市に近付く頃には、北海道らしい農場のそれへと変貌するのであった。三角屋根のサイロ、牧草、青空に浮かぶ白い雲、空は地平線まで及んでいる。

 ところで、私はコルトのハンドル部分のメーカーのマークが気になって仕方がない。例のプロペラみたいなスリーダイヤである。
 出発前に、たまたま、零戦設計者が主人公のジブリ映画を見ていた。そのせいか、ささやかな夢路の北海道ドライブだというのに、夢物語とは程遠い、厳粛な想いに捕らわれるのである。
 スリーダイヤから彼の歴史と威厳をひしひしと感じる。小さなコルトで、この道を走っていることが、まるで厳めしい儀式のように思えてくるのだった。

 次に私を戸惑わせたのは、「トンボの襲撃」である。北海道は、・・・いや、あれほどのトンボを見たのはこの日限りだったので、それを北海道特有のことだと決めつけるのは間違っているかもしれない。それでも、道の両側から何十匹ものトンボが現れては、高度を下げて、コルトに向かって突進してくる。さすが北海道だ。トンボの数が半端じゃない。ヒッチコックの「鳥」なみである。空を覆うほどのあれほどのトンボの大群を見たのは、生まれて初めてのことであった。

 中には間抜けなトンボがいて、コルトにぶつかり、コン、という衝撃音を放って消えていくのだが、大抵は、綺麗に避けるのである。その避け方が面白い。頭を垂直に上げて、フロントガラスにぶつかる直前にふいと上昇するのである。器用なものだ。それにしても、なぜコルトに突っ込んでこなければならないのか、さっぱり意味がわからない。敵だと思っているのか。それとも、トンボというのは、こういう習性を持つ生き物なのか。危ないものに惹かれるのか。まるでチキンレースのようだ。競い合って大群で遊んでいるようでもあった。

 スリーダイヤからの圧迫感と、トンボの襲撃を差し引いても、北海道のドライブはなかなかのものだったのである。これは「すっきりする」、なかなかいいものだ。私はほとんど休憩も取らず、(食事もコンビニの駐車場で取った)コンビニと道の駅以外はどこにも立ち寄りもせず、旭川市に向かって北上した。

 

千歳市から岩見沢市へ向かう途中 農場が多い

左手にサイロがあるのがわかるだろうか
赤や青の三角屋根のサイロあちらこちらに



 ところで、ドライブと言えば、コンビニである。今回の北海道ドライブでも、私はセブン、ローソンと、数々のコンビニの世話になった。その中でも一番のお気に入りが、セイコーマートである。
 セイコーマートは北海道から生まれた新しい形のサプライチェーンで、生産、仕入れから製造、物流、小売までを一つの企業グループで行っている。見た目はコンビニだが、店内の「温度」は限りなくスーパーに近い。(ような気がする)
 地元っぽい変わったコンビニに行きたいなぁ、とたまたま入った岩見沢市のセイコーマートでは、レジの横に2割引きの蒸しパンが置いてあって、会計する客の一人一人に、私と同じくらいの歳の女店員が勧めるのである。飛び切りの笑顔で、蒸しパンに向かう手振りも添えて、「たった今お値下げになりました!」。

 蒸しパンもいいが、その隣の「ゆでとうきび」が気になった。コンビニで、トウモロコシを見たのは初めてだった。これぞ北海道、という思いに捕らわれて、お腹も空いていないのについ買ってしまう。



鳥さんのマークのセイコーマート

ゆでとうきび これが美味しかった

景色を見ながら進む

街中を走っても


またすぐこんな感じに

お米もあります

コルトも楽しそう


 セブンイレブンは、サービスがきめ細かいを通り越して大げさである。ホットコーヒーを購入したら、学生バイト風の青年が訊ねるのである。「ミルクと砂糖は入れてよろしいですか?」。笑顔である。内心の驚きを押し隠して、「お願いします」と答えたら、液体ミルクと砂糖を入れてマドラーでかき混ぜて、それから丁寧に蓋をして、はいどうぞ、と渡してくれた。これって普通だっただろうか? 関東でコンビニの青年バイトと言えば、ツンデレ風か引きこもり風の気の利かない店員と相場が決まっていたように思うが、違っただろうか。

 最初から終いまで、いや、コンビニだけでなく、北海道の人たちはすべて優しかった。相手の立場に立ってものを言い、老いも若きも、おばさんも、青年も朗らかで朴訥だった。私はずいぶん世話になったのだが、それはまた後の話。追い追い話すとして、今は取りあえず、旭山動物園である。
 

 コンビニと道の駅での休憩しか取らず、黙々と走らせていたので、私はすっかり、余裕をもって旭川に着くものだと思い込んでいた。よく言えば、夢の北海道ドライブが楽しくて、時間を忘れていた。悪く言えば、のんきに走りすぎた。ふと時間を見たら、15時38分なのである。ぎょっとした。何かの間違いかと思って二度見をした。
 旭川市の旭山動物園は16時までに入園しないと、もう見られないのであった。動物が、すべて、見られないのであった。
 私は旭山動物園の空飛ぶペンギンがずっと見たかったのである。北海道の旭川まで来て、目の前まで来て、見られませんでした、ではシャレにならない。
 カーナビをよく見ると、隅の上のほうに小さく到着予定時刻が表示されていた。
 旭山動物園に到着するのは、16時17分であった。
 


道の駅ライスランド深川にて
玉ねぎ20kg800円
道の駅ライスランド深川
もちろんお米も売ってます

旭川へ
石狩川 神居古潭もすっ飛ばして
旭川駅周辺 渋滞にはまる


 今更いくら急いでも、入園締め切り時刻の16時までに着くのは難しそうである。こうなったら、関東からはるばる来たのだと言って泣きついて、むりやりでも入れてもらうしか手はないかもしれない。どうか間抜けな私を同情してくれますように。甘い期待にすがりながら必死に走った。1車線の道路でも、対向車が来ない隙を見計らって、追い越しをする。カーナビの到着予定時間を頻繁に見て、伸びていないか、縮まってないか確認する。
 旭山動物園が近くなると、カーナビは勝手に案内をやめてしまった。目的地周辺です、案内を終了します、と言われても、いまだ目的地は見えていない。おかげで臨時駐車場にコルトを突っ込んでしまい、グーグルマップを見ながらうろうろする羽目になった。やはり周辺にはないので、また戻って乗り直して、きょろきょろしながら走らせる。何とか、16時8分に旭山動物園正門前の駐車場に滑り込んだ。

 正門はまだ開いていた。が、入園券売場には誰もスタッフがいない。私は入園券を持っていたので、そのまま駆け込んだ。その勢いと形相に驚いたのか、スタッフジャンパーを着た少女が飛んできて、ねぎらうように訊ねた。「どうしましたか!」。

 「ちょっと過ぎてしまったのですが、まだ入れますか。神奈川から来たのです」

 神奈川を強調して言う。が、少女は神奈川を軽くいなして、
 「ええ、大丈夫ですよ。こちらで靴の裏の汚れを落としてくださいね」

 微笑みながら、私を入り口まで戻らせるような仕草をした。2、3歩下がったところに、靴の汚れを落とすマットが引いてある。私が靴の汚れを落とし終わると、今度は丁寧に、動物を見る順番を説明し始めた。園内マップを見せながら、

 「17時15分に閉園ですからあと1時間しかありません。ぺんぎん館、あざらし館は一番最後まで開いてますから、まず、ほっきょくぐま館に行って、ホッキョクグマを見ます。それからもうじゅう館、オオカミの森、エゾシカの森から右回りでぐるりと回って、最後にぺんぎん館、あざらし館に戻って来ると、全部の動物が見れるでしょう。16時15分に、寝室に入ってしまう動物がいるので、くれぐれも気を付けて。見たい動物の展示時間を確認するようにしてくださいね」


旭山動物園前で(閉園した後の写真)

あざらし館を通り過ぎる

まずはほっきょくぐま館へ

じゃ~ん  ホッキョクグマ登場
歩いてくる姿はなかなかの迫力でした

上から見たところ




 ホッキョクグマはなかなかの迫力だった。ゆさゆさと大きな体を揺らしながら展示スペースを歩き回る。すぐ近くまで歩いてきた時は、思わず興奮した。が、上から俯瞰して見ていた時、ふと気がついてしまった。寝室に入るドア(上げ下げするタイプのもの)の前で、立ち止まるのである。押すような動作で、ドアに顔をつけ、しばらく待って、それからあきらめたように方向を変えて、また歩き回る。もうねぐらに帰りたいのだ。疲れているのであった。
 それをわかってしまうと、歩き回っているのを見ているのが可哀想になってきた。9月とはいえ、まだまだ暑い。早く休ませてあげたくなる。本来ならば、展示スペースにいる時間はもっと短いほうがいいのだろうなぁ。
 私のようにぎりぎりにくる客がいるからいけないのだ。




もうじゅう館のエゾヒグマ
奥の隅に丸くなっている

こちらはユキヒョウ。中央の上のあたりに
小さく見えているが、わかるだろうか?

横からユキヒョウに近づいたところ

 もうじゅう館のユキヒョウは、盛りのついた猫のような遠吠えを上げている。いや、そう思ったら、鳴いているのは人間だった。ユキヒョウの檻の前で、50代くらいの男性がしきりに鳴き真似ているのであった。常連客らしい。三脚を立てて、鳴き真似の合間合間に写真を撮っている。
 ユキヒョウは展示スペースの一番高い所に座って、男性を見下ろしていた。しばらくすると、降りてきて、何やら男性と会話でもするように唸り始めた。檻の横から上がって近付いた。何とも美しい雄ヒョウである。



オオカミの森へ

オオカミの群れ 見た目は普通に犬っぽい
エゾシカの森 築山で休んでいるところ

エゾシカと目が合った

こっちをじっと見てから

知らん顔に

ファミリーで夕陽を見ている
シマフクロウ舎

シロフクロウ

北海道産動物舎のオオワシ

ペンギン館に戻ってきた


 印象的だったのは、オオカミとエゾシカだ。
 どちらも群れなのである。すぐ近くで見られるよう、のぞき穴的な展示スペースもあるのだが、なかなか群れがやってこない。一匹ではなおさらである。あきらめて遠くから見つめる。どちらの群れも動物神のような気高さを放っている。

 見たかったシマフクロウ。ズームレンズが欲しかった。展示スペースの天辺からこちらを見下ろしているのである。気のせいかと思ったが、何度目を凝らして見ても、はるか上方からこちらをじっと見つめているようだ。寄って、見て、確かめたかった。

 16時15分と16時30分で寝室に入ったいくつかの動物は見逃してしまった。特にチンパンジーの森や、さる山のサル等、サル類はほとんど全滅だ。
 蛍の光が鳴り始めて、焦りを覚えながら一つでも多くの動物を見ようと回るのだが、空の舎を目の当たりにする。
 至極、残念なような、安堵するような、ーホッキョクグマと同じように、皆疲れているだろうからー 複雑な思いで、動物たちがいなくなった園内を巡る。ついさっきまでお互いを撮り合っていた恋人に家族連れも、足早に出入り口へと向かっている。

 最後に、ぺんぎん館とあざらし館の前に立った。そうだ、ここは最後まで見れるのだった。旭山動物園でするべきことが、すべて終わってしまったかのような錯覚に陥っていた。両方見たら、どちらかを見逃してしまいそうだった。迷わずぺんぎん館へと足を向けた。


 

水中トンネルに入ると・・ お、来た来た

どうやらフンボルトペンギンのようだ

追いかけっこしながら泳いでいる


 水中トンネルに入ると、掃除をしていた中年女性が空を見上げていた。同じ方向を見やると、ペンギンが、青空を飛ぶように泳いでいくのである。時には悠々と、時にはスピードを上げて。水中トンネルの周りを、上から下まで、せわしなくぐるぐると回っている。やたらと、元気そうだ。まだまだねぐらに向かいそうもない。私は嬉しくなって、その様を見続けた。















 ペンギンたちを追うように見つめていたら、自分がずっと彼らを見たかったのだということ、自分が思っている以上にずっと、ずっと強い思いで、それを願っていたのだ、ということに気が付いた。

 可愛いなぁ。なんて可愛いんだろうなぁ・・
 なんて、元気に飛ぶんだろうなぁ。

 不思議に、心が震えているのであった。私は今にも大げさに泣き出しそうだった。ペンギンを見ながら、まさか泣くことはないだろう。それでも、こみ上げてくる思いを止めることができない。人生というのは、妙である。叶わない思いも、戻らない月日も、すべてを包み込んで、もうそんなことは思い出さなくもなったある日ある時に、ふと目の前に現してみせるのである。
 生きていることの喜びが溢れ出してくる。ただ、ペンギンが、元気で可愛らしい、というだけの話である。ただ、ペンギンが、元気に青空を飛んでいた、というだけの話である。






楽しかった、旭川動物園!

トンボの大群が飛んでいく

鳥も帰るそうだ


 駐車場に戻ってくると、もうすっかり夕暮れ時だった。
 夕陽は、空を染めていた。道の先の雲の後から射し上がっていた。
 薄茜色の秋めいた空には、トンボの大群。空の高いところで、漂うように集まっては、風に乗って、一方向へ流れていく。どこへ向かうやら、もう大人しくねぐらに帰るのやら。もうこちらを見向きもせずに飛んでいくのだ。
 
 「そろそろ閉めますよ~車を出してください!」
 
 守衛が声を揚げる。とうに閉園時間は過ぎている。
 そろそろ私も、今日の宿を目指すとしようか。

 

夜はらぅめん青葉で

旨い!美味い!
ホテルの1階にはセイコーマートが入っていた






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