夢路のドライブ 北海道旅行編① ~羽田から札幌へ・コルトとの出会い~
「お前らがいてくれてよかった、ありがとう」
「なんだよ、今生の別れじゃあるまいし」
「今生の別れってのも、大げさだな、江戸時代かよ」
『半沢直樹』でこんなセリフがあった。それで、ふと思い出したのである。いつか、私がへこみにへこみ切って、ある知人に電話をした時のこと、彼女が言った。
「北海道をドライブしたらどうだろう?」
私と彼女の間には、こうやって話をするのはこれが最後ではないか、というある種の予感が漂っていたのである。その「今生の別れ」に、知人としての精いっぱいのアドヴァイスが、「北海道をドライブ」、だったのである。
私の脳裏に広大な、富良野あたりの大地が浮かんできた。草原の大海原を俯瞰して見つめている。真ん中に道が一本、曲がりくねりながらどこまでも続いている。ズームで近づくと、私が乗っている小さな車がはっきりと見えた。
「いいねぇ、北海道」
「いいでしょう。すっきりするよ」
確か、ありがとう、とか何とか礼を言って、それで慌ただしく電話を切ったのだと思う。彼女と話をしたのは、そのあと、メールで1、2回、短いやり取りで終わって、結局二度と会うことはなかった。そう思うと、「北海道のドライブ」の話をしたあの時の電話は、やはり直に話し、心を通わせた最後の機会ではあった。今生の別れの予感はあながち間違ってはいなかったのである。
「北海道をドライブしたらどうだろう?」
私と彼女の間には、こうやって話をするのはこれが最後ではないか、というある種の予感が漂っていたのである。その「今生の別れ」に、知人としての精いっぱいのアドヴァイスが、「北海道をドライブ」、だったのである。
私の脳裏に広大な、富良野あたりの大地が浮かんできた。草原の大海原を俯瞰して見つめている。真ん中に道が一本、曲がりくねりながらどこまでも続いている。ズームで近づくと、私が乗っている小さな車がはっきりと見えた。
「いいねぇ、北海道」
「いいでしょう。すっきりするよ」
確か、ありがとう、とか何とか礼を言って、それで慌ただしく電話を切ったのだと思う。彼女と話をしたのは、そのあと、メールで1、2回、短いやり取りで終わって、結局二度と会うことはなかった。そう思うと、「北海道のドライブ」の話をしたあの時の電話は、やはり直に話し、心を通わせた最後の機会ではあった。今生の別れの予感はあながち間違ってはいなかったのである。
それからというもの、私は、いつか北海道をドライブしたいものだ、と思い続けていた。ささやかな夢であると同時に、それは、絶対に叶わない、もしくは絶対に戻れない月日を思わせて、私をほんの少し、哀しい気持ちにさせるのだった。
10年近い月日が経った。北海道をレンタカーで旅することになった。
あの時の知人はもういないし、当時と違って、私はへこみ切ってはいないけれど、それでも、大海原を走る私の小さな車が俯瞰して見えて来るのだ。
「お前らがいてくれてよかった、ありがとう」
当時の思いを抱えて、北海道の道を走るのである。
☆☆☆☆
となりの老人は遅れてやってきた。真ん中の席の私が、散々身を乗り出して、飛行場に停車中の頑張ろう日本と描かれた旅客機を撮り終えた頃、黒っぽいビジネススーツを着て悠々と現れた。いや、年老いた老人にスーツというのはどうも似合わないものである。おまけに老人は痩せぎすで、荷物を座席の上の棚に乗せる際も足元がふらついて、どうにもみすぼらしいのである。
「撮れますか?」
テイクオフした直後に、窓の外の景色 ー空ではなく、俯瞰して見えた街がふと印象的に感じたのでー を撮っていた私に彼が話しかけてきたときも、あまりいい心持がしなかった。何を訊かれたのかも、一瞬わからなかった。私は身を乗り出してこそいなかったが、老人の顔にはこちらを気遣うような笑みがありありと浮かんでいた。
「大丈夫です」ときっぱり答えて、写真を撮るのをやめた。すぐレンズのふたをして、そうしながら、露骨すぎただろうか、老人に失礼だっただろうか、等と考えた。今思うと、ずいぶんと、とんちんかんである。老人はただ世間話をしたかっただけなのだろう。大丈夫です、はないだろう。
私は本を取り出して読み始めた。すぐに睡魔に襲われてうとうとと眠り始めた。次に目が覚めたのは、微かな物音と気配を感じて。CAがサービスのドリンクを配り始めた時だった。
「お飲み物は何になさいますか?」
慣れた笑顔で彼女が訊ねると、老人はやはり慣れた調子で返した。「スープを」
どきりとした。私はといえば、JALのコーヒーがお気に入りで、馬鹿の一つ覚えみたいに、温かいコーヒーばかりを頼んでいたのである。温かいスープは疲れた体に染みわたりそうだ。コーヒーよりは体によさそうだ。輪をかけて、通路側のビジネスマンも同じように頼むのである。「スープを」
この時から老人の印象が変わった。あの黒っぽい似合わないスーツも、札幌か東京に拠点を持っている徴のように思われた。シミとしわだらけの痩せた横顔も、年相応の含蓄あるものに思われた。いや、年を取るのも悪くはない。敬意を払う気持ちがふつふつと湧き起ってくる。
それでも老人は、札幌に着くとやはりよたよたした調子で荷物を棚から降ろし、私の目の前にブリーフケースとどさりと落として、私を驚かせ、丁寧に拾って渡してあげなければならなかったのだけど。
10年近い月日が経った。北海道をレンタカーで旅することになった。
あの時の知人はもういないし、当時と違って、私はへこみ切ってはいないけれど、それでも、大海原を走る私の小さな車が俯瞰して見えて来るのだ。
「お前らがいてくれてよかった、ありがとう」
当時の思いを抱えて、北海道の道を走るのである。
☆☆☆☆
となりの老人は遅れてやってきた。真ん中の席の私が、散々身を乗り出して、飛行場に停車中の頑張ろう日本と描かれた旅客機を撮り終えた頃、黒っぽいビジネススーツを着て悠々と現れた。いや、年老いた老人にスーツというのはどうも似合わないものである。おまけに老人は痩せぎすで、荷物を座席の上の棚に乗せる際も足元がふらついて、どうにもみすぼらしいのである。
「撮れますか?」
テイクオフした直後に、窓の外の景色 ー空ではなく、俯瞰して見えた街がふと印象的に感じたのでー を撮っていた私に彼が話しかけてきたときも、あまりいい心持がしなかった。何を訊かれたのかも、一瞬わからなかった。私は身を乗り出してこそいなかったが、老人の顔にはこちらを気遣うような笑みがありありと浮かんでいた。
「大丈夫です」ときっぱり答えて、写真を撮るのをやめた。すぐレンズのふたをして、そうしながら、露骨すぎただろうか、老人に失礼だっただろうか、等と考えた。今思うと、ずいぶんと、とんちんかんである。老人はただ世間話をしたかっただけなのだろう。大丈夫です、はないだろう。
私は本を取り出して読み始めた。すぐに睡魔に襲われてうとうとと眠り始めた。次に目が覚めたのは、微かな物音と気配を感じて。CAがサービスのドリンクを配り始めた時だった。
「お飲み物は何になさいますか?」
慣れた笑顔で彼女が訊ねると、老人はやはり慣れた調子で返した。「スープを」
どきりとした。私はといえば、JALのコーヒーがお気に入りで、馬鹿の一つ覚えみたいに、温かいコーヒーばかりを頼んでいたのである。温かいスープは疲れた体に染みわたりそうだ。コーヒーよりは体によさそうだ。輪をかけて、通路側のビジネスマンも同じように頼むのである。「スープを」
この時から老人の印象が変わった。あの黒っぽい似合わないスーツも、札幌か東京に拠点を持っている徴のように思われた。シミとしわだらけの痩せた横顔も、年相応の含蓄あるものに思われた。いや、年を取るのも悪くはない。敬意を払う気持ちがふつふつと湧き起ってくる。
それでも老人は、札幌に着くとやはりよたよたした調子で荷物を棚から降ろし、私の目の前にブリーフケースとどさりと落として、私を驚かせ、丁寧に拾って渡してあげなければならなかったのだけど。
羽田空港神社でお参りしてから出発します |
羽田空港神社の由来 |
この日のる札幌行きの飛行機 |
頑張ろう日本、と機体に描いてある飛行機が見える |
テイクオフの直後 この後老人に声をかけられる |
1時間半程で、新千歳空港に到着した。ここからバスに乗ってレンタカーの営業所へ向かう。北海道が車文化だということをまざまざと思い知った。空港のレンタカーショップの多いこと、行列をなす人々の多いこと、バスに乗るまでがまた長い。バスから営業所についてからがまた長い。5人、6人の家族連れがスタッフに呼ばれて、続々と移動する。営業所の馬鹿でかさと言ったらない。各地を旅行したがこんな光景は初めてだ。5社ほどのレンタカーの営業所が隣接しているので、あたりは一面乗用車だらけである。
今回の旅の相棒の三菱コルトと出会うまで、結局、計画から1時間以上押していた。
「カーナビをセットしたいので、10分ほど停車しててもいいですか?」とコルトまで連れてきてくれたスタッフの女性に訊ねる。
「どうぞ、どうぞ。皆さんそうなさいますから」と笑顔で承諾してくれる。
カーナビの使い方を説明してくれたので、ついでにガソリンタンクのふたを開けるノブの場所を聞く。(いつも最後にガソリンを入れるときにあたふたするのである)車体のキズを一緒に確認する。
「ここと、ここと、あ、ここにもありますね~」と笑顔で説明する女性。
大きなキズやへこみこそないが、コルトは意外と細かなキズだらけであった。車体が黒いので、目立つといえば目立つ。私は乗る前から、軽い同情を覚え、絶対ぶつけたりこすったりしないようにしようと心に誓う。
「では、お気をつけて。いってらっしゃい」
彼女と別れてから、ゆっくりとカーナビと向かい合う。時間を見ると11時半近かった。まずい。私は富良野のガーデン街道を走ろうと、ガーデンチケット付きのツアーを申し込んでいた。旭川の風のガーデンに立ち寄るつもりである。おまけに旭山動物園に行きたくて、今日の日付の動物園入園券付ツアーを申し込んでいた。ガーデン街道を走って旭川市の旭山動物園に16時までにたどり着かないといけなかった。どう時間を計算しても、ぎりぎり、もしくはぎりぎりで間に合わない。北海道のドライブはささやかな夢である。高速に乗るのだけはごめんだった。
「仕方ない、ガーデン街道は帰りにするか」
富良野経由は最終日に持ち越された。レンタカー営業所から直接旭山動物園に向かうことにした。
この時点で、私はかなりずっこけているのである。初っ端から計画倒れもいいところである。
が、それでも北海道の大地を走るのだ。
あの知人と話した電話の夜に、俯瞰して見えた大海原の大地。曲がりくねってどこまでも続く道。小さな小さな私の車。「北海道を走るとすっきりすると思うよ」。
ついに始まるのである。気を取り直して、アクセルを踏んだ。さぁ、出発だ。
旭山動物園に向かって、所要時間約4時間のドライブに飛び出した。
バスに乗って空港のショップから営業所へ移動する |
ドライブ開始! |