鉄道に乗って東北へ出かけよう! その① ~プロローグ・私はなぜ旅に出るのか。~




 旅はいい。日常の生活では得難い、一風変わった気付きがある。うまくすれば、気付きの連続である。
 そのことにより、心が豊かになり、心が豊かになったことにより、いつもとは違うものの見方や感じ方、あるいは考え方ができるようになる。
 つまりは、成長できるということだ。

 個人差があるので程度のほどは定かでないが、私の場合、人格を形作る上での思考の輪廻(堂々巡り)をふと抜け出すことがままある。
 思いがけず新しい自分に邂逅する。すると、今まで、どうしても乗り越えられなかった壁が、やすやすと飛び越えられたりするから驚きだ。
 当たり前の日常を愛おしく思う反面、わずか2,3日の旅行で、それまでの出口なしの手詰まり状態を端無く克服できるとなると、これはやはり、感心せずにはいられない。
 
 今回の青森旅行に関しても、わずか3日間、わずか7500円(JR秋の乗り放題パスの価格)で、これだけの気付きがあれば十分だ。ずいぶん成長させていただいたと思っている。
 が、本当のところは神のみぞ知る。
 このブログの読者にさえ、そんなことにいまさら気付いているのかと毎回笑わているのがオチかもしれない。
 


 それでも私が性懲りもなく体験記を書き続けているのは、カメラとともに歩む私の旅が、神から与えられた唯一のものだからだ。
 かつて人生を一番しんどく感じられていた時、様々な偶然が重なって、カメラという趣味が私にもたらされた。それから私はカメラを抱えて小さな写真旅行に出かけることになった。
 この出会いを私は私の神からの授かり物だと考えている。

 もう少しわかりやすく言えば、私の「あしながおじさん」からの。

 「(高等)教育を受けさせてあげる代わりに、月に一度、私に手紙を送ってください」

 ウェブスターの物語だ。
 私は私のあしながおじさんからカメラと旅を授かった。私が報告の手紙を書かなくなったら、勉強する場は、永遠に失われるだろう。




秋の乗り放題パス。新宿駅からスタート。


 さて、そんなわけで、青森旅行の一部始終を書こうと思っている。
 このブログを読むことで、あなたに何か利になるところがあるのか、と聞かれると困る。何にも得をすることなどないかもしれない。それでも少しは、そんな考え方があるのかと感じ入るところももしかしたらあるかもしれない。

 ずいぶん長いあいだ、私は「読んでもらうこと」を意識して、奇をてらった書き方をしたり、出来事の順序を入れ替えて構成を考えたり、誇大広告のような大げさな一文からスタートさせたり、様々な趣向を凝らしたものである。
 だが、この青森旅行記は、初めから終いまで、そのままのことを、ただ退屈に、順序正しく、書き綴っていきたいと思う。
 子供の頃、佐藤愛子さんが書いた「娘と私の部屋」、「娘と私の時間」という娘さんと過ごす一連の時間をつらつらと書き綴ったエッセイシリーズがあった。これがとても退屈で、何のドラマも起承転結もなくて、ラストまで読んで、「え?これで終わり?」と驚いた記憶がある。
 ところが、このシリーズが私は大好きだったのだ。繰り返し読んで、母親にも語って聞かせた記憶がある。
 なぜおばさん(当時佐藤さんは既に40代後半か50代だったと思う)が書いたエッセイを少女の私が読んでいたかといえば、きっかけは漫画化されたことだった。
 少女漫画も、エッセイも、共通して始めから終いまで何も起こらない。娘と過ごす時間の中に、ほんの少しの小さな気付きがあって、安らぎがあって、ユーモアがあって、その愛しい生活がただ続いているだけの物語である。
 そのエッセイシリーズをイメージに置きながら、記してゆきたいと思っている。
 まぁ、私には佐藤女史のようなユーモアのセンスがないので、その点はどうにもならないのであるが。

 しかし、不思議なものである。
 日常を超えた気付きをもたらしてくれるという旅行記を、日常を綴った物語をリスペクトして書こうとしているとは。
 そして、―これはおそらく私に限らず誰しも― 穏やかな在り来たりの日常を手に入れるためには、日常から切り離された旅を通して、自分を高めることがより効果的であるとは。

 
 日本中に昨日と同じ、在り来たりの、ユーモアに満ちた日常が続くために、祈りを込めて、私は小さな気付きの旅を記し続けたいと思う。




新宿から赤羽、そして宇都宮へ。行きの行程の唯一の難関が宇都宮行きだった。

宇都宮からJR東北本線でまずは黒磯へ向かう。

東北本線からの眺め。東北本線に乗ると、ぐっと電車の旅路らしくなってきた。


 さて、青森旅行の今日はプロローグといったところか。
 JRが今秋発売した「秋の乗り放題パス」は、昨年まで「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」という名称だった。
 両者の違いは乗車券1枚を複数名で利用できなくなったこと、3日間連続で使用しなければいけなくなったこと、それから価格が安くなったこと。
 9,180円から7,500円に値下げされた。(子供料金は4,590円→3,750円)
 私はこの3日間のきっぷを使って、10月頭の体育の日の3連休に青森に行こうと考えた。
 白神山地と奥入瀬渓流(十和田湖)の紅葉を見ることが、今年の目標だったのである。
 ただし3日間で両方回るのは難しそうだ。路線の経路を調べると、十二湖方面から青森側の白神山地を巡るならば、途中秋田で2日間宿泊して、叶いそうではある。十二湖には知り合いもいて、彼女と会うという楽しみもあった。

 よし、それでは白神山地に行ってみよう。

 3日の行程で2日と半分を電車に乗る旅路である。こんなに長く電車に乗り続けたことがない。しかも12回乗り換える経路の中でたった1本乗り過ごしたら、宿泊地の能代にたどり着かない。目的地の十二湖着が遅くなるだけではなくて、同じように12回乗り換える帰りの経路にまで影響が及び、最悪は計画すべてがおシャカになるだろう。
 何度か経路を見直したが、JRの普通・快速列車を使う旅ではその経路が限界だった。
 ただし、新宿から宇都宮まで行ったあとは、東北本線と奥羽本線を乗り継いで秋田まで北上し、あとは五能線で青森に入るだけである。帰りも同様だ。心配するほどでもなく、意外と簡単かもしれない。ほぼ1時間に1回の乗り換えに気をつければいいくらいだ。

 調子に乗った私は、出発直前に、2日めの白神山地という目的地を半日に変更した。午前中だけめぐり、13時の快速リゾートしらかみに乗って、青森県南津軽郡田舎館村の川部駅まで行き、そこからタクシーに乗って田舎館村の田んぼアートを見に行こう。
 幸運にも、田んぼアートを主催する田舎館村役場が田んぼアートの展望台からの見学期間を1週間延長した。ちょうど私が行く3連休直後まで田んぼの絵の部分の稲刈りを待ってくれることになったのだった。これに運命的なものを感じた。見に来てくれと言われているようである。

 田んぼアートを見たあとは、田舎館を弘南鉄道弘南線に沿って歩き、田園風景を堪能して、叶うならば川沿いか、田園のあぜ道の彼岸花でも撮りたいものだ。
 それから、弘南鉄道の終点黒石まで行き、黒石から弘前行きに乗って、平賀か舘田で途中下車して岩木山を背景に弘南鉄道を撮り鉄しよう。

 計画はどんどん広がって、3日の普通・快速電車の旅にしては欲張りすぎるほど膨らんでいった。
 そのくせ、私は当日の天候や日の入りの時刻をまったく考慮していなかった。この経路では、弘南鉄道に乗った時にはもう日暮れあと、岩木山を背景に鉄道など見れるはずもなかったのだが、その時は、実を言えば計画というよりは出発直前の漠然とした「希望」程度の考えだった。叶うならば、それが見れたらいいなぁという程度の。本当に行けるかどうかは半信半疑なのである。
 
 レンズは撮り鉄用に望遠レンズ(EF70-200mm F2.8L)を用意した。それから白神山地の撮影用に広角(EF17-35mm F2.8L)を。
 カメラはCanon EOS 5D、以前から欲しかったフルサイズ機だ。もう発売もしていないこの古いカメラを私はどうしても欲しくて、今年5月にやっと手に入れたのであった。
 何度か旅行デビューしたが、いまだ活用しきれていない。今回の旅では、活用できたらいいものだ、こちらも希望的観測で出発した。以前のKiss Digital Xと比べると、今ひとつ馴染みきれていない。もう少し、あうんの呼吸で撮れるように、親しくなれたらいいものだ。
 標準レンズがないので、代わりにコンデジを2台持った。今日アップしている写真は全てコンデジで撮ったものである。電池の節約も兼ねて、目的地での写真以外はすべてコンデジで撮ろうと決めていた。


 
黒磯から今度は郡山へ向かう。雨が降りそうな空模様。

郡山到着。11時37分。
郡山から福島へ。ひたすら東北本線を乗り継ぐ。
田園風景が続く。福島ではまだ刈り入れが行われていない田んぼが多い。
これより北上すると、徐々に借り入れ直後の田んぼが目立つようになる。
福島到着。

福島から米沢へ。ここからJR奥羽線に乗り換える。

米沢到着。13時42分。
米沢から山形へ。
山形到着。14時34分。
山形から新庄へ。
新庄に到着。16時3分。
新庄から秋田へ。
長く感じたがついに次の終点は秋田。今日の宿泊地能代も近い。
田園風景は刈り入れあとの裸の田んぼが多くなった。
途中湯沢で停車。
秋田到着。19時。このあと五能線能代行き到着まで1時間10分余裕がある。

秋田駅前。東北三大祭りである秋田竿燈まつりの竿燈がある。

竿燈の下の少女の像には「きずな」とある。震災を思い出してしまう。
ポストの上にも竿燈。


 3日間の初日、丸1日電車に乗ってみて最難関だったのは、意外にも宇都宮だった。赤羽から宇都宮に行くのに、ホームを間違えて思いがけず手間取ったのであった。
 それ以外は心配するほどのことはなく、サクサクと進んでいった。
 黒磯から郡山行きの東北線に乗り込むと、先頭車両の運転席の真後ろに2人掛けの座席がある。そこにいかにも鉄道が好きそうな青年が2人、駅のホームで買った500mlパックのレモンジュースと惣菜パンを同じように持って腰を掛けていた。
 足元のキャリーバックに惣菜パンをしまい込む。あとで車中で食べるのだろう。ひとりが鉄道路線図を取り出して、片方に見せる。会話はよく聞き取れないが、その2人の目の輝き、楽しそうな笑顔が印象に残った。
 通勤でよく乗る電車には運転席の真後ろに座席などない。2人掛けも珍しかった。そして路線図を見合って目を輝かす青年たち。彼らも秋の乗り放題パスで旅に出たクチなんだろうなぁ。
 この黒磯での車中の光景を目にしてから、やっと旅らしい気持ちになった。これがローカル電車で巡る北への旅路なのだという実感が沸き起こった。


 私は車中で何度も地図を見た。スマートフォンのマップで現在地を割り出した。長い東日本を、その度に少しずつ進んでいるところを見つけるのが楽しかった。ついに福島だ! そら、山形だ。秋田に突入だ、などと・・ 
 あまり嬉しく感じたので、何度かツイッターで現在地をツイートした。一足飛びで目的地へ向かう旅では味わえない、不思議な喜びであった。
 旅はスタートした。行程も問題なさそうだ。
 あとは唯一の気がかりは、紅葉だった。

 白神山地は染まっているだろうか?

 
 
最後の奥羽線で東能代へ。
東能代から能代行きの五能線。五能線は前回の青森旅行から約1年半ぶり、懐かしい。

出発直前の1両電車。これで1日乗り続けた電車も最後です。


能代到着。21時22分。
駅前は真っ暗。店も空いていなく、交番ももぬけの殻。どちらへ歩けばいいのか迷う。


22時10分、やっとホテルに到着。



 私は紅葉情報をまったく調べなかった。紅葉にはまだ少しだけ時期が早いと肌で感じていたのである。
 染まっていないと聞かされると旅の意欲が削げてしまいそうだ。

 今年の目標は、青森の紅葉を見ることだった。
 去年の秋、思いがけず失業した時に、私は心に決めたのだった。

 It's a beautiful world. いつか、あれは丹沢で、人生の美しさを実感させてくれたブナの原生林の紅葉、黄金のその光景を、来年こそは見てやろう。今年は見れないけれど、来年こそは必ず・・

 そして、白神と奥入瀬渓流の森の写真をバインダーのルーズリーフに貼り付けた。旅行誌から切り抜いたブナの黄金の紅葉の絵だ。

 紅葉の舞台はここしかなかった。その年の初夏に訪れてからというもの、以前に増して愛する土地となっていた青森の黄金の紅葉こそ見たいと願った。私は何度も繰り返してその写真を眺めた。

 乗り放題パスの期間は10月5日から10月19日だ。今思えば、紅葉に合わせて日程を取ることはいくらでも可能だったはずだ。けれど私は3連休に合わせてしまった。仕事を休みたくないという思いが、あれほど望んだ黄金の紅葉を見るという目標よりも強かったとは、信じられない思いがする。

 It's a beautiful world. いつか、あれは丹沢で、人生の美しさを実感させてくれたブナの黄金の光景は、あれは、与えられたものだった。

 「あしながおじさん」から、人生に対するご褒美として、見せてもらった景色だった。

 もしも、私が黄金の光景を目にすることができるならば、それでも必ず見れるだろう。もしも見れないときは、まだその時期ではないのだ。
 紅葉の時期を調べもせずに、3連休に合わせた時、私の心にはそういう思いがあったのだろう。とにかく、私は仕事を休んで紅葉を見に行くという選択肢を考えなかった。
 失業期間のあと、たどり着いた今の職場は、その社名が樹木の名前で作られている。いくら樹木が好きだからといって、私がそういう会社を探したわけではなく、突然目の前に現れたのであった。
 私はこの出会いもさえ偶然とは思っていないふしがある。「あしながおじさん」の意思を感じることさえあるのであった。どうして、その会社を休んで、ご褒美をもらいに行く気になるだろうか。

 見れないときは見れない。もしも見れるならば見れるだろう。
 私は不安に思いながら、腹を括って出かけていった。

 白神の森は染まっているだろうか。




 ②話に続きます。





 
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