伊勢神宮から熊野古道へその④  ~自然崇拝のメッカ、紀伊山地の霊場、参詣道を行く!~ 熊野本宮で八咫烏お守りをゲットする。





さて、熊野古道から那智大社、青岸渡寺、飛瀧神社と巡って、勝浦に戻ってきました。

次はここから本宮大社に向かいます。





本宮大社前行きの特急バス。本数が少ないので要注意です。

勝浦港がちらりと見えます。
有名な「ホテル浦島」も見えないかと身を乗り出してしまいました。

海沿いから熊野川沿いを走ります。昨日と打って変わっての晴天、気持ちいいです。

山が剝けてます。熊野川の沿いの木々も倒れている(手前)のわかりますか?

台風12号の被害らしい。これはまだいい方です。

水の色が綺麗な熊野川。尚更被害が痛々しい。

熊野川沿いの国道168号線はこんな看板ばかり。どこも復旧工事中です。

大権現、熊野本宮大社に到着です。

来たよ~~~~!!!

表参道。白い旗の並んだ階段がいいです。
自然いっぱいです。イコール信仰も深そうです。

参道の階段の途中にある祓戸大神。参拝前にここで身を清めます。(ピンボケ失礼!)

神門です。

神門から社殿を望む。この人気の構図が撮りたかった!念願が叶いました。


社殿です。なかなか綺麗に撮れなくて、何度もトライ!

第一殿(西御前、ご祭神:熊野牟須美大神・事解之男神)

第二殿(中御前、ご祭神:速玉之男神)

第三殿(證証殿、ご祭神:家津美御子大神)

第四殿(若宮、ご祭神:天照大神)

第四殿となりの満山社。ご祭神は結びの神、八百萬神。

神門を出てすぐ隣の黎明殿拝殿。ここにも八咫烏がいます。

八咫烏の三本足は「天地人」を表してるそうです。




霊界物語の八咫烏 

熊野本宮大社 (トップページの八咫烏が可愛いです)






八咫烏のお守りを購入しました。これが欲しかったのです。

熊野詣での旗が境内に残されています。

境内の左の隅にひっそり佇む、和泉式部祈願塔。

神門。どこから見ても立派です。緑も見事。

かつて本宮があった場所、大斎原(おおゆのはら)です。

大きな鳥居にズーム。
ここにも八咫烏、イタ―!! 

あんまりいるのでシンボルを撮り越して、何か秘密の暗号のように感じてきます。


ここも世界遺産「紀伊山地と霊場の参詣道」の一部です。


手水舎横の魂玉に惹かれました。




熊野の観光名所 熊野本宮大社旧社地・大斎原(おおゆのはら)




本宮に向かうバスの中で、勝浦の町から熊野川沿いの山々の景色から、熊野地方の自然をゆったりと眺めて、堪能していました。
始め私は、簡素な田舎町の風景に心を打たれたのです。
思い出すのは、いつか自民党の政策セミナーに行った時のこと。
武部勤先生がこんなことをおっしゃっていました。

「日本の国土の7割は山(森林)です。私たちは僅か3割の土地に密集して住んでいる」

「日本の神社の後には奥山があった。古から神社で身を清めてから、奥山へと修行に入った」

山自体が御神体で、山神を祀っている神社があるという話は聞いたことがありますが、そうではなくて、山神云々ではなくとも、神社の背後には必ずそれよりもっと神聖な山(森)があったと言います。熊野のような霊場です。だから古来、日本はその山や森を大切にして、決してそこには住まなかった。足を踏み入れず、海際の平地の3割に密集して住んでいた。(そういう歴史の流れから昨年の津波被害もあったのですね)
そして、この講話のテーマは「国土を強靭にする」というものでした。過去に倣って、私たちは計画的に国土を創造し、再建しようではないか、という話の過程で出たものです。


バスの車窓から田舎町や田んぼ、青い山々を見ていて、その話を思い出したのです。

そうしたら、私は、随分長い間、大変な勘違いをしていた(させられていた)のではないか、と思えてきました。
長い間、こう思っていました。個人的には自然溢れる田舎は好きだけれど、例えば東京などの開けた大都市と比べたら、経済活動の拠点としても、若者が焦がれるような発信地としての役割からしても、歴然と、田舎は都会よりも価値的に劣るものには相違ない。
「ブスよりは美人の方が女性はいいに決まっている」という通常私たちが漠然と理解している価値基準と同じように、「田舎よりも都会の方が(この国では)重きを置かれている」と信じていた。
けれど、その認識は、巧妙に仕込まれたものかもしれないなぁ、などと思えてしまったのです。
そうやって、この国は、一番大切なもの、一番外敵に知られたくないこと、この国の一番の財産を、「目隠しして」、護り続けていたのかもしれない。などと・・

意図的に現在でも7割、古ではもっと多くの割合で山が、森が、残されていたのです。決して未開だったからだけではなくて、意図的にそういう構造を創り上げてきた歴史があるのです。ならばあり得る話だなぁと・・


ああ、都会だなんてもてはやされているけど、恐らく本来の日本の中心はこういう自然の多い田舎なのかもしれないなぁ。神々に近付く場所なんだなぁ。私たちのご先祖様たちは、随分巧妙に隠したものだなぁ。

ああ、今生きている中途半端な都会で、あそこで死にたくはないものだ・・



そうやって、青天の霹靂のような思いで、愛おしく、自然の景色を見つめて揺られて続けていると、突然車窓の景色は一変して、熊野川周辺の見るも無残な水被害の跡を私に見せつけるのでした。


一変で、哀しい気持ちになりました。


熊野古道の入り口、大門坂の前で、地元の人と語り合う機会がありました。

「ここはいいところです。でもね、去年の台風がね・・ あれさえなければ」

地元の産業の営業をしているというその方は、復旧するのに何十年かかるのかと思うと、気が遠くなるとおっしゃっていました。
未だに雨が降ると、お子さんが怖がって泣くのだそうです。去年の台風の時のことを思い出すのでしょう。


しかも、それは去年1年だけでは終わらなかった。

復旧もままならぬというのに、今年の台風が、また、襲いかかるのです。


今年の台風が・・・ 来年の台風が、再来年の台風が・・






本宮末社、産田社。ご祭神は伊邪那美命荒魂(いざなみのみこと あらみたま)です。


新宮方面行きのバスまで時間があるのでバス停横のいっぷくさんで休憩です。

熊野、吉野地方の郷土料理「めはり寿司」。熊野詣の際に食べたという。




名物おじさんや神職の方、地元産業の営業マンと、今回の旅は様々な一期一会がありました。
めはり寿司を食べた本宮前のいっぷくさんでは、若い青年と隣り合わせて、一緒に休憩を取り、ちょっとドジな体験を共有しました。
注文した後に、バスが来たと思い走って乗りに行って、また戻るという恥ずかしい、お店の方に迷惑をかける行為です。
でも、これは半分以上は青年のせいだと思います。次のバスの時間はちゃんと見て、わかっていたのに、彼が自信満々に真剣な面持ちで言うものですから。

「あっ、バスが来た!」

あれが、新宮に行くなら乗りたいなぁ、と。確かにバスに「新宮行き」の表示があったのですが、それにしても、「もしかしたら臨時でもバスがあったのか」とつい思わせてしまうあのパワーはちょっと傍迷惑でもありました。
でも、優しいから、青年を店に残して、バスまで走り、確かめに行ってあげたんですけどね^^

「すみません、このバス新宮行きますか?」

「えっ! 新宮?! 行かない行かない、今戻ってきたんだよ!」

運転手さんに大げさに否定されました。あれは、「行くわけねーだろ。時刻表見ろ」という口調でしたね。
赤面して、礼を言って戻ろうとしたら、追いかけてきた青年と鉢合わせになった。

「どうでしたか?!」

汗をかき、慌てた様子です。それで、少し見直しました。本当に、臨時のバスがあったら良かったのになぁ、と残念に思いました。

「違ったみたいですねぇ」と教えてあげました。



この少しドジっぽい青年とまた速玉大社で再会するのですが、それはまた次回に。

今日もお付き合いありがとうございました。


ちなみに、次回最終回です^^ 





にほんブログ村参加してます。ぽち頂けると励みになります^^

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ




コメント

人気の投稿