神武天皇からの手紙



 鳥居の後ろにこんもりとした緑の山、その天上を黒い八咫烏(やたがらす)が羽ばたいている。

 なんだこりゃ。

 2013年9月のことだ、ポストを開けると手紙が入っていた。その封筒の模様が八咫烏だったのである。いや、今思うとあれは多分八咫烏なのだろうと想像するだけで、その時は、三本足の指も描かれていない、ただカラスっぽい鳥が〇〇〇子様という宛名のちょうど真下をこれ見よがしに羽ばたいている、何だか奇妙に感じられた、というだけのことである。

 手紙を持って、自宅マンションの一室まで階段を昇りながら、私はしげしげとそれを眺めた。カラスは羽をまん丸く広げて羽ばたいている。太陽のようでもある。裏返すと、差出人は、橿原神宮神宮庁だった。10月12日に行われる崇敬者大祭へいらっしゃいませんか、勿論無料で振舞わせていただきますよ。手紙にはそういう趣旨のことが書いてあった。なるほど、だから八咫烏か。八咫烏といえば神武天皇である。神武天皇といえば橿原神宮である。日本神話において、八咫烏は高皇産霊尊(たかみむすびのかみ)によって遣わされ、神武天皇の東征の際に、熊野国から大和国への道案内をしたとされるカラスである。神武天皇は八咫烏のおかげで無事大和の宇陀へたどり着き、橿原宮で即位したのである。
 
 2700年も昔、より安住の地を求めて西から東へ移動し、そして今、奈良の橿原神宮の御神祭となられた神武天皇。その彼(を祀る神社)より突然手紙が来て、「この祭典は、御神祭・神武天皇を様による広大無辺の御神恩に奉謝し、国家の弥栄と国民の平安を、取分け全国崇敬者各位の家運隆昌と無病息災とを、会社等諸団体の繁栄とともに、御祈願申し上げるものです」と言われたら。しかも、「取分け」のくだりが意味深である。僕のことを崇敬してくれる人たちはちょっとばかりえこ贔屓しちゃうよ、とでも言っているようではないか。まぁ、それは考えすぎだ。より多くの恩恵を求めるのは図々しいとしても、これは、日頃の感謝を伝えるためだけでも行ってみようかな、という気持ちになった。宗教的な勧誘とは思えなかった。崇敬者の一人とされたことが嬉しかった。何より、大和の地より、神武天皇がいらっしゃるところより、私のもとへ手紙が届いたことが嬉しく感じられたのである。私は奈良行きを決めた。


 ところで、どうして私が崇敬者に選ばれたのだろう。私は遠い昔にアパレルの仕事をしていた時に顧客にダイレクトメールを出していたときのことを思い返した。神武天皇と洋服屋のDMを一緒にして申し訳ないが、私が橿原神宮に行ったのは一度きりだ。それで崇敬者というのだからこんな喩えをしてしまうのも許していただけるだろうか。かつて私にも一人でも多くの来訪者を集めるために必死だった時代があったのである。
 まず、DMを送る枚数は限られている。より効果的に送る相手を選ばなければならない。一番に選ぶのは、常連客である。よく来てくれるお客様、たくさん買ってくれるお客様、彼らに送っても余るようだったら、新規の客に送る。自ら進んで顧客リストに名前を連ね、より近い時期に、大きな買い物をしてくれた人である。もしくは、より最近、店が気に入ったという何らかのサインを示してくれた、脈アリのお客様もそうだ。DMを送ったあと、彼らが店に足を運んでくれたら、そこで初めて、常連となる。が、来なかったら、もしくは来ても何も買ってくれなかったら、そのときは、次のDMでは約90パーセントは淘汰される。また新規の脈アリの客に取って変えられるのである。
 私は橿原神宮から手紙が来るのは、これが最後か、もしくは届いてもあと1度くらいか、と考えた。正月か・・春のイベントか・・ その時に行けるとは限らない。やはり実質的に、今回の橿原神宮からの手紙はこれが最後の機会だろう。招待された奈良行きを存分に楽しませてもらおう。私は新幹線ひかりの切符をいそいそと購入した・・



 ということで、今回は昨年訪れた奈良、高野山を2回に分けてお届けします^^
 もう随分日が経ってしまったので、実はあまり覚えてない。。
 写真を見ながらさっくりと振り返りますので、軽い気持ちで見ていただけると幸いです。

 

京都近鉄駅のせんとくん 韓国人らしき外人旅行者たちに大人気
京都から特急橿原神宮前行きに乗ります 特急は本数が少ないですが、
直通で便利ですよ 喫煙車両もあります(特急料金870円)

橿原神宮に到着です 橿原神宮前駅でレンタサイクル
(1日800円~1000円程)を借りるとひとっ飛びです


外拝殿前です なんか席が準備されてますね

受付を済ませ、外拝殿から内拝殿前の敷地に入りました
参列者がいっぱい どこに座ろうか悩んだ末

幣殿(祭典の際に神饌をお供えして、祝詞を奏上するところ・左手にあります)
に近いところに陣取りました^^

こちらが崇敬者様の徴

宮司さんと祭員さんたちの参進です このあと十数人並んでいました

宮司さんにより幣殿の御扉が開かれて 
祭員たちのバトンリレー?で神饌を運び、捧げています
奥の建物の中央あたりです、見えますか?

和楽器の演奏が素敵でした 右手で行っています

巫女さんたちが出てきました 神楽榊舞が始まります

残念ながらよく見えず・・
図々しくもっと前の席に座れば良かった

神楽榊舞終了です 早いなぁ

御扉を閉じて、宮司さんたちが帰っていきます


幣殿の閉じられた御扉 さっき中に神饌を運んでいたところです
演奏していたのはこんな楽器 いい音色でした

こちらが「常連」さんの席
個別に企業名を読み上げて祈ってもらっていました

幣殿を別の角度から よく見えませんが屋根に千木(ちぎ・クロスしている板木)を
棟の上に鰹木(かつおぎ・並行の丸太みたいな木)を置いています

http://blogs.yahoo.co.jp/yoshimizushrine/50474125.html
ちなみにこちらが千木と鰹木 神社の屋根によくある飾りです
(クリックすると画像元サイトへ)
内拝殿の様子

内拝殿前 左手に楠・ たぶん楠、なかなか立派でした

後ろには畝山が


正面から 千木がチラリと見えてる^^

右手には松 こっちもでかい 立派な木でした
(小さく見えますが、橿原神宮自体がめちゃ壮大な造りなのです、
周りがでかいから小さく写ってしまうだけ・・)

外拝殿の前に特設ステージが
神武天皇に奉納する舞と演奏が始まります

まずは「浦安の舞」 橿原神宮の巫女さん4名による
国の平安を祈る神楽舞です

宮司さんたちも真剣に見ています

これもお供えの一つですものね 神武天皇に楽しんでくれているでしょうか

なんか人間のほうが大喜び・・みたいな 観客ずらりですよ~

神楽舞が終わると・・

次は橿原市立八木中マーチングバンドの奉納演奏です
突然前日に召集されたとか

吹奏楽部の演奏に合わせてカラーガード部の少女たちが舞います(準備中)

吹奏楽部はハウルの動く城、ロミオとジュリエット、あまちゃんの主題歌を熱演

吹奏楽部とカラーガード部が一緒になって「八木中マーチングバンド」
だそうです このつい先月にマーチングの関西大会で金賞を受賞し、
10年連続で全国大会に出場を決めました

紫や水色のカラフルな旗を振って・・新体操みたいで綺麗です


吹奏楽部も演奏しながら素早く動き回ります



あまちゃんのテーマで大フィナーレ 終了すると次に出てきたのは

ん? これは・・ 私の大好きな和太鼓ではないですか

広陵町金明太鼓の奉納演奏です 見た目そのまんま外人さんもいました
が・・うまいです(ソウルは日本でしょうか)

「命の響きを伝える」を合言葉に、広陵町在住の和太鼓奏者飛鳥大五郎氏の
作曲、指導のもと、平成6年にデビューしました

1曲目の「広陵金明太鼓」はかぐや姫の物語にちなんだ曲なのだそう
「金明太鼓」というチーム名も金明孟宗竹から来ているのだとか

いや、すごい迫力です 感動です 鳥肌が立ちました 血潮が滾った、という感じです
写真はもう少し寄りたかったです

神武天皇もさぞお喜びされたことでしょう(少なくとも人間は大喜びでした^^)


二曲目は「打てや囃さん」という軽快なお囃子でした
篠笛がいい!と思ったら、またさっきの見た目外人さんでした!

 
演奏が終わって、宮司さんたちが南神門から退場

受付の時のもらった引換の件を持っていくと・・・
あら、お弁当と御神酒をもらってしまった
(もらった白い袋を開いて撮っています)

南神門の先にある深田池の前の広場でみなさんがお弁当を
食べていたので私もさっそくいただきます 美味しい~

表参道 二の鳥居

表参道 一の鳥居

橿原神宮


午後は自転車でサイクリングです
稲穂が道路につきそうです~よく実りましたね

橿原神宮から自転車で約10分、ホテイアオイが綺麗に
咲いているここは・・

本薬師寺跡です!休耕田を利用してホテイアオイを植えています

藤原京から平安京へ遷都された時、ここにあった薬師寺が
移されたのではないかと言われています


ホテイアオイの向こうには刈り入れ前の田園が

 ・本薬師寺跡 ホテイアオイ



本薬師寺跡より東へ2km、今度は藤原宮跡にやってきました
田んぼの奥の方・・ 見えるかな?

そう、今ちょうど藤原宮跡のコスモスが満開なんです

ちなみに宮跡を歩くとおんぶバッタがぴょんぴょん跳ねます
ものすごい数のバッタです 巨人にでもなった気分・・
踏まないように歩くのに気を遣います

橿原市はお隣の明日香村・桜井市と奈良県と協力して、
飛鳥・藤原の宮都の世界遺産登録を目指しているそうです
そのための景観づくりの一環なのか、春は菜の花、夏は古代蓮、
秋はコスモスが楽しめるように藤原宮跡に植栽を行っています


藤原宮はほぼ1km四方の広さがあり、藤原京の朝堂院や大極殿
(日本の宮殿建築では初めて)などの建物がありました




藤原宮跡
 ※藤原宮のあった藤原京は持統天皇が制定した都で、大和三山(畝山、耳成山、香具山)に囲まれた5.3四方の広大な都でした。



今度は約4km先の飛鳥寺へ お、こんなところに堂々と市の所有地と書いてある
役所に頼んだら格安で譲ってくれないかな・・ なんてつい思ってしまった
いいところですよね~ここで田んぼ耕したい 後ろに見えているのは耳成山、
所有地のすぐ前には香具山がありました

柳? 自転車を止めて見に行きます

詠み人知らずの歌碑が・・司馬遼太郎が作ったのだそう

正面に(天)香具山が見えています
畝山と耳成山と香具山は大和三山と呼ばれています

明日香村に到着です


ちょうど稲刈の時期で明日香村は大忙しでした


あっちもこっちも稲刈りのトラクター

明日香村といえば曼珠沙華(彼岸花)の時期が有名ですよね
ちょっと遅かったか 残念ですが、稲刈の様子もなかなか面白かったです


自動販売機に鹿 奈良らしい キャラクターなのかな?

こちらもおばあちゃんがほそぼそと収穫中

こちらは藤原鎌足のお母さんのお墓 ちょっとさみしい

飛鳥坐神社 横から見たところ


飛鳥坐神社 寄りたかったけどレンタサイクルの返却時間が
5時なので残念ながらまきで・・・


飛鳥寺に到着


飛鳥寺の大仏様は写真OKだとのこと
どんどん撮ってくださいと講堂のお坊さん?
(大仏の説明をしてくれた方)よりお言葉が


では、本尊飛鳥大仏様を遠慮なくパチ

正面からもパチ
ちなみに飛鳥寺は596年、蘇我馬子が発願して創建された
日本最古のお寺です

大仏様の右にある聖徳太子孝養像
(室町時代の貴重なもの)

左には阿弥如来坐像(こちらは藤原時代)


庭園にも室町時代や江戸時代のいろいろ・・

左手の大師道照金剛、観世音菩薩、大聖不動明王の三体に
水をかけると、夫婦円満、恋愛成就・・・ って子供がかけてますね~


こちらは思惟殿

レンタサイクルの店に戻ってきました
前回の奈良旅行でもここで自転車を借りて橿原神宮に行ったのです
が・・ よく見ると思いっきり写真屋さんでしたね

そういえば中に年代物のカメラがいっぱいあったなぁ
(こちらも素敵に撮っていただきました!)

その節はどうもありがとうございました!
橿原カラーさん 橿原神宮前駅を出てすぐ右手にあります
時間単位でも借りられるので橿原神宮に行く際はぜひどうぞ

あー楽しかった・・でもちょっと自転車こぎすぎて疲れたかも
おまけにめちゃくちゃ道に迷ってしまいました
地図持ってたのに・・



 八咫烏の手紙から始まった神武天皇と奈良の旅もこれで終わりである。日頃の感謝を伝えるだけ・・と言いながら、私はちゃっかりこれからの「国家の弥栄と国民の平安」とやらを念入りにお願いしてきたのだが、いや、神武天皇は随分苦しい争いの末にこの大和の地に葦原中国を造ったのだから、そうそうご神体になってまで働かせてはいけない。畝山の麓で、ゆっくりと過ごされてほしいものである。日本を造ってくれてありがとう。あとは私たちが守りますから、ずっと一緒にいてくださいね。ここで一緒に過ごしましょうね、と例の決まり文句も忘れずに。通じたかはわからぬが、ほら、何せ、私は常連以下の、たまたま八咫烏に導かれただけのにわか崇敬者に過ぎないのだから。
 それでも、この方に恥じないように生きていきたいものである。嘆かわしい報告だけはしなくて済むように。

 もしも機会があれば、あなたも橿原神宮に行ってみるといい。ご縁があるならば、数か月後、もしくは翌年、八咫烏の手紙があなたの元にもきっと届くことだろう。その時は、「取分け」の御祈願をお願いされてもいいだろうし、奉納の演奏を楽しんでもいいだろう。藤原京を見てしみじみしても。朴訥な明日香村を見て癒されても。この国の始まりを感謝し、永遠と続くことを約束しても。立憲主義の前提を見失い、民主主義のみがまかり通る、個人主義の自由な世の中なのだから、それこそ勝手なことである。

 神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれひこのみこと)、神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)こと、日本の名付け親、神武天皇、それではまた逢う日まで、ごきげんよう。

  

かしはら探検ナビ
聖地高野山



今日の宿 ベストウエスタンホテルさん

明日は高野山にレッツゴーですよ!






コメント

人気の投稿