小山田緑地を知っていますか?






  小山田緑地は町田市下小山田町の丘陵地帯の一部を公園としたもので、都立の公園として1990年(平成2年)6月に開園している。広場や雑木林、池などからなる本園と、本園の北部に点在する分園から構成されている。その名が示す通り、小山田に残された多摩丘陵の自然を緑地として保全しようという目的のためのもののようで、都市型の公園とはまったく趣が異なる。自然を満喫して散策を楽しむのには絶好の場所だと言えるだろう。





 「小山田緑地、知っていますか?」

  多摩ニュータウンに住んでいるという職場の一人に訊ねたら、僕もよく行きますよ、という答えのあとに苦笑いしてこう続けた。

 「あのカエルの池に子供が落ちて・・」

 「カエル池ですか」ピンと来ない。「トンボ池ではなくて?」

 「いや、ほらあの・・ カエルの池」

 「アサザ池ではなくて?」

 「いや、あの~」

  どうも噛み合わなかった。本園東側の「小山田の谷」にある池のことを言っているようだ。「公園へ行こう」というサイトに掲載されている写真の池で、私が初めて、小山田緑地に行きたいと願った絵の場所そのものである。オタマジャクシを取りに子供たちが集う有名な池であった。
  そもそも、小山田緑地といえば本園で、おかしいのは私の方だ。

公園へ行こう 小山田緑地 


  ところでその本園、谷があるからには、尾根もある。通称、「小山田の道」だ。本園東側に小山田の谷をぐるりと囲むように走っていて、雑木林の風景も、古道の名残という細い散策路も、趣き深い。

  ところが、足を運ぶほどに、小山田緑地の真髄はそこ(本園)とは違うように思えてくるのだ。

  小山田緑地は分園がいい。
  唐木田駅から10分ほど歩き、多摩よこやまの道(長坂道)から山中分園、大久保分園のトンボ池を通って、アサザ池から梅木久保分園の吊り橋を渡る。充分に多摩丘陵の原風景を堪能して、最後にそこからおまけのように本園へと向かう。
  もしくは、アサザ池を見たあと引き返して、田園風景と梅木久保分園の小高い山の緑とを東に見やりながら、大泉寺経由で小山田神社へ向かうのもいい。
 (小山田神社の前の南口から、本園に入ることもできる)

小山田緑地園内マップ
多摩よこやまの道案内図
横浜線沿線散歩 街角散策 下小山田町


  分園を行くには、途中、ゴルフ場のコースを横切る。丘陵の散策路の眼下に芝が広がっている。散策路の尾根道に座り込んで、広大なゴルフ場を眺めながらお弁当を広げる婦人たちを見たことがある。ハイキングにはうってつけの景色である。早朝なら特にいい。まだゴルフが始まらない時間帯、誰もいない芝の緑が気持ちいい。
  休日はティーショットでさざめく人々の横をすり抜けて、ゴルフカーともすれ違う。人口の自然の遊戯場と、手付かずの自然の散策路が何度も交錯する。どうも不思議な気分だ。
  私はゴルフを楽しむ人々に感謝した。この自然の道が生かされるために、彼らがゲームを楽しんでくれているように思えたものであった。



唐木田駅から多摩清掃工場と多摩市総合福祉センターのあいだの県道158沿いを行くと、
多摩よこやまの道が現れる。突然の自然の入口は感動的。異次元への入口に似ている。

長坂道の標識、(上の写真の)入口にある。ここから小山田緑地分園へ。

よこやまの道の散策路、多摩丘陵の尾根道。左手の眼下にゴルフ場が見える。

尾根道は緑が豊か。雑木林が広がる。

ところどころにベンチがある。休憩を取りながら進んでいく。

萩が咲いていた。マメ科の花が好きなので群生が嬉しい。

萩をアップで。

足元には朝顔と桔梗とに似た星型の花。
なんだろう、こちらも随分な群生で、可愛らしかった。

こちらもアップで。名前がわかるかたいたら教えてください。


  田舎の原風景を眺めに私が訪れたのが先月の22日。多摩よこやまの道から大久保分園を散策する。まだゴルフは始まっていなかった。
  ところがこの日に限って、いつまでたってもそれは始まらなかった。鮮やかなウェアの婦人たちもさざめかない。一人、二人、グリーンを歩く年配者を見た限りか。ティーショットと交錯する散策路では、ゴルフカーの注意を促すアナウンスも流れなかった。

 それから、この日に限って、全く、トンボも蝶もいないのだった。
  虫たちがそろそろ現れるであろう分園への分岐点で、私は用意もよくカメラのレンズをマクロレンズに替えて散策路を進んでいたが、無駄だった。
  時期が早かったか、もしくは遅すぎたか。

  時を誤ったか、もしくは逸したか。もしくは・・・


よこやまの道から離れて山中分園へ向かう。
丘陵の尾根道を一歩外れると多摩の街が見渡せる。

このベンチが私の休憩する定番スポット。

空木に似た花。散策路の低木が満開になっていた。やはり名前が分からず。

畑と緑を見ながらのんびり散策路を行く。ここにもちょこんとベンチ、可愛いです。

新緑の時期、淡い鮮やかな緑が深い緑の上から生え美しい。

畑を見ながらの散策路。まったく舗装、手入れ等が
されていない、まるであぜ道のよう。

トンボ池へ向かう道。分園の散策路の中でここからが一番好きな行程。

雨上がりでした。まだ少し濡れている。

唯一手入れされている散策路の石、またいい風情でお気に入り。

木道を降りてトンボ池へ。トンボイケを過ぎるとまた尾根道へ戻る。


  分園に入ってすぐに、地元の男性に声をかけられた。散歩をしている最中だろう、黒っぽいトレーニングウエアの上下を着ている。

 「どこから来たの?」

  私は丁重に頭を下げて、何も答えず足早に通り過ぎたが、もしくはそれが理由だろうか。

  私の写真旅行にはルールがあって、殆ど、必ずと言っていいほど、案内人が現れる。アリスの物語の白うさぎのような彼らはその日の小さな旅の答えを導くためのキーマンであり、例えば老婆であったり、浮浪者のようなくたびれた男であったり、様々な化身に身を宿して現れる。


  ・・・といつもならそのファンタジーをルールとして受け入れる私が、この日ばかりは拒絶した。
  突然に、私がどこから来たのか尋ねる中年の男は、ただの不躾で傲慢な、地元の人間としか映らず、私は不愉快な気持ちを慇懃な一礼で表した。
  そのくせ、いつもなら必ず誰かしらに捕まってもたもたと時間を取られる自分を思って、こういうスマートな断り方ができるようになったかと得意にさえ感じていた。


  マクロレンズに取り替えたのはそのすぐ直後だった。



トンボ池。今日はトンボが全くいない。カワセミが一羽のんびりしていたが、
私を見つけるとすぐに逃げてしまった。

珍しくまったくトンボがいないトンボ池。まだ早かった?異常気象のせい?
トンボが止まる葦が随分手入れされて少なくなっていた。そのせいだろうか?

蝶と思ったら枯れ草。トンボもいなければ蝶もいない。どうしたことか。。

ピンクのゆりが綺麗に咲いていた。
ソルボンヌ?にしては、どぎつい色。

小山田神社(左の鳥居)とその周りの蓮田が見えた来た。

分園をのんびり回りすぎたか、着いた時は大賀ハスは若干閉じ気味。



  虫たちが遊んでくれない。

 「何も現れない」田舎の散策路を、訝しげに歩く。

  蛾のような地味な色の蝶が一頭現れて、くたびれた様子で、よろめきながら通り過ぎた。よほど追いかけようかと思ったが、振り向けばすでに散策路から逸れ畑の中へと向かっていた。

  あぜ道から100メートル程先に世にも美しい満開のネムノキを見つけた。カメラを向けたあとに、思い直して近くから寄って取ろうと歩いて行った。ところが道は尾根の下を雑木林のトンネルをくぐるように続いていて、ネムノキは尾根上に茂る樹木に隠されている。諦めきれず、散策路を戻って、丘陵の上を行く脇道に入ったが、やはりどうしてもネムノキは見ることができなかった。あれほど鮮やかな花を咲かせていた、遠目からはっきり見えた大きな木が、なぜこうも簡単に、存在自体を疑うほどすっぽりと身を隠すことができるのか、不思議でならない。

  トンボ池には一匹のトンボもいない。初夏から晩秋のあいだ、いつ来てもここはトンボでいっぱいだったはずだ。今日に限って葦だけが佇み、静まり返っている。


  歩き慣れた道で初めて迷った。私は分岐点で小山田神社への方角が見つけられず、しばらく立ち止まって、あたりの景色を何度も見回した。


  ここはどこだったか。記憶の中の小山田の道と、現在の風景とが異なっている。ここもか。先週の泉の森と重なってやるせない思いがした。私の心情に最も近しい場所がことごとく空々しい処へと変貌していくようであった。




マクロレンズから望遠に切り替える。ソフトフィルター装着。


蓮田の緑が美しい。蓮の葉が波のようにうねっては続いている。

つぼみも初々しく。

あぜ道から小山田の丘陵と民家を背景に。

ここの特徴はとにかく広いこと。蓮田が神社の周りをぐるりと続く。






  私のいる世界では現在、私の心情を苦しめる事件ばかりが起きていた。昨年の震災からずっと続いている。未曾有の地震に雨に雪に竜巻。異常気象に原発事故。
  特に最近では台風といじめの報道に傷付けられた。私の世界で、なぜ、こんなに残忍なことばかりが起きるのだろう。



 「自分がそうだからそうなる(される)んだ。自分のせいなんだよ。世界は全部合わせ鏡なんだ」


  父親と口論になると、彼は不満をぶつける私に必ずこう言う。

  百も承知のことを、人を食い物にしている父親に言われるのが癪でたまらない。お前にだけは言われたくないと思う。それで私は冷酷に言い返すものだった。「(私にそういう不満を与えるのは)あんただけだよ。他人はそんなことしない。よほど優しいよ」

  合わせ鏡の世界で、こういう事件が起きるからには、私がそれを望んでいるのだろうか。

  震災が起こったときに、私はとても腹を立てた。どうしても私にはそれが事故とは思えず、突然、先の大戦の中で何度も繰り返された、あの残忍な敵国からの武力攻撃に思えたものであった。
  福島が汚染された、紀伊半島で川が氾濫した、九州で土砂崩れが起きた、それらの報道を翌朝の新聞で目にするたびに、私は昨日の空襲の報告を聞かされているような気持ちになった。
  これは、決して、事故ではない、どうにかして証拠を手に入れてやろう、科学的に証明してやろうと思えば思うほど、言葉は空回りをして、抽象的な非難しかできない。決定的な証拠に欠ける。相手は易易と尻尾を出さなかった。次第に、私と同じように考える者たちを一様に「陰謀論」というカテゴリーに括って、嘲笑するという攻撃に転じた。

  なぜ、私のいる世界でこんなことが起きるのだろうか。

  異常気象も、事故も、経済の破綻も、いじめも、私は求めていない。

  強いて挙げるならば、それは「20世紀少年」だった。誰かが(私が)、敵を作り、それを倒そうとする正義のヒーローになりたがっている。あの情けないケンヂになりたがっている。無意識にそれを求めているから、だからその想いが合わせ鏡となって、私の世界で無慈悲な出来事が起きる。


  台風4号から大津のいじめで、ついに私は与えられた役割を放棄した。私が降りれば、敵も消える。もう二度と無慈悲な攻撃は起こらない。私は二度と英雄になどなろうとしないだろう。だから秩序を、平和を、以前のここを返してくれ!

  もう空々しい場所は懲り懲りだった。




  ゴルフ場は静まり返っている。虫たちは遊んでくれない。マクロレンズを持って歩いても、歩いても、一人きりだった。


  茨木では竜巻が発生した。九州の台風被害は「九州北部豪雨」と名付けられたそうだ。
  大津のいじめで加害者を攻撃した勇敢な正義の人、あのデヴィ夫人は訴えられた。それでも何も抗議をしない温和な日本代表は世界中が集まる晴れ舞台で唯一国だけ開会式会場から退場させられた。

  事態はさっぱり好転しない。遊び相手を見つけるまで、徹底的に無慈悲なゲームを続けるつもりらしかった。


  誰かが(私たちが)立ち上がまるまで、ゲームは終わらない。







寄り添うつぼみも可愛らしい。

シベも綺麗です。

望遠からマクロに戻りました。

水滴の花びらも良い雰囲気でした。

この花びらを回しながら撮ると入賞するようないい写真が撮れるよ、と地元の男性が
カメラが趣味らしい若いカップルにアドバイスしていました。私は回してくれる人いないので静止したところをパチリ。

開いている花が少なく、この子は貴重。





  豪雨が、そして旱魃が、中国、インド、米国へと広がっている。世界的な食糧難が起こりそうだった。7月22日、日曜日。女子供がいない隙を狙って、この日の朝刊は男達に決断を迫っている。米国は戦争準備に入った。同盟国日本も覚悟を決めよ。


 「今はこんなでしょう。地球がおかしくなっちゃってるから」

  猛暑と台風に関してギャラリーの夫人がそう評した。小山田緑地に来るたびに行きつけている店だ。2階では写真家の娘が買い物に行くからお金をくれと叫んでいる。3千円ちょうだいよ。

 「ここだけの話だけど、座間にコストコができたのよ。行ってみたけど、人が多かった」

  声を落として夫人は言った。コストコがどうしてここだけの話なのか、理解できないでいる。ねぇ、早く。5千円ちょうだいよ。

 「お父さん、5千円だって」
 「今ないよ。銀行に行ってくるよ」

  主人はしかつめらしい顔をして答える。今日は日曜だ。一番客が来る日であろう土曜日の売り上げはどうしたのだろう。既に昨夜、銀行に預けてしまったのだろうか。彼は車に乗って銀行へと向かう。「待っててよ、ゆっくりして行ってよ」いつものようにそう言い残して。


 「旦那さんは元気?」夫人は話題を変えようと明るく訊ねるのだった。
 「ええ、それが、私もここだけの話ですけど、結婚しているというのは嘘でして」

 「あらまぁ」そう目を丸くして、言葉を飲み込む彼女に、私は半ば本気の、半ば嘘の続きの話を聞かせている。結婚しようという話になっていたんですがまだ籍は入れていませんでした。子供を産ませてくれるというので、私も一人は産めるかと期待して、喜んでいたんですけれど、結婚話自体が流れそうなので、計画が狂ってしまいまして。

  娘は囚われた小動物のような様相の女友達の真紅の車に乗り込んで、コストコへ消えていった。戻ってきた主人は私を駅に送ってくれるというその直前まで営業に忙しい。「この帽子がいいよ。入ってすぐに売れてもうひとつしか残ってないよ」

  マクロレンズがいいよ、そう語りかけたあの日と何ひとつ変わらない彼の穏やかな口調は、しかし私を打ちのめすのだった。



 「自分のせいなんだよ。世界は全部合わせ鏡なんだ」



  時を誤ったか、逸したか。もしくは、ルールを放棄したのか。私の心情に近しい場所がことごとく空々しい姿に変貌している。もっと早くここに来なかったことを後悔した。自分が立派な人間ではないことに傷つくことに忙しかった。

 「そう、結婚してなかったの」
 「ええ、ちょっと見栄を張ってしまって。それで来づらくなっていたんですが、またちょくちょく来ますよ」
 「そう」

  それでも良かったよ。そう言って主人は優しく微笑むのだ。淵野辺駅まで送ってくれる車の中で。

  来てくれて良かったよ。やっぱりさみしいよ。ずっと来ていてくれた人が、突然来なくなっちゃうというのはね、そりゃさみしいものだよ。

  同じ道の先を見つめながら、そう語りかけるのだった。







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